物語とか書いてみる

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1以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/06(金) 17:32:37.29 ID:EuTDqe7L

書き始める前にちょっと断っておくことがある
まず、俺の学生時代は悲惨なものだった
彼女はもちろん友達だっていたことはなかった
学校ではいつもひとりだった
ひとりで休み時間を過ごし、ひとりで教室を移動し、ひとりで昼食を食べた
部活も早々に辞めてしまったから、放課後になるとなにもしないでまっすぐ家に帰った
だが家にいたってすることなんか何もなかったんだ

時間は経ち、惨めに孤独と戦っていた俺も、いつの間にかいい年をしたおっさんになった
そして最近、あの頃の自分を振り替えるにつけ、俺自身にどこか改善の余地があったのではないか、そうすればもう少し違った学生時代を送ることになったのではないだろうかと考えるようになった
今回はそんな俺の妄想を垂れ流しにするつもりだ
どんな内容になるかは俺自身まだわからない
とつぜん主人公が超能力に目覚め、異能バトルが展開されるかもしれない
あるいは主人公そっちのけで、ただただ俺の愚痴が書き連ねられ、悲壮感溢れる文章になるかもわからない
はたまた途中で妄想が底を尽き、中途半端なところで投げ出す可能性だって充分ある
そもそも俺の書く文章が最低限の水準に達するかどうかすら自信をもって言うことはできない
上記を含め、この物語がいかなる結末を迎えようとも、見苦しいものになるであろうことは重々承知している

そういうわけだから、俺はお前らに、この物語をどうしても読めと無理に勧めるつもりは毛頭ない
だが、これから何日かにわたってこの物語を書いていくなかで、図らずもこのスレがお前らの目に入ることがあるかもしれない
もしもその時に暇であるなら、あるいはこのスレに興味を持っていただけたなら、どうか温かい目で読んでいただきたい

それではそろそろ始めるとしよう
物語の表題は以下のようにする

「女子高生と遊園地デートとかしてみたかったよおおおおおおおおおおん!!」

2以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/06(金) 17:33:51.06 ID:4HuOXuGc

永井産業

3以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/06(金) 17:37:51.22 ID:feEdGGlD

くぅ

4以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/06(金) 17:41:13.06 ID:EuTDqe7L

 部屋のベッドに腰かけて雑誌を眺めていると、外で子供たちの騒ぐ声がした。 窓から通りを見下ろすと、小学生の男の子が5、6人、楽しそうな声をあげて通り過ぎていった。ぽかぽかとした陽気の中、小学生たちは我先にと歩道を進んでいく。バットやらグローブやら持っているから、これから近所の公園で遊ぶのだろう。俺にもあんな無邪気な時代があったのだと、そう遠くない昔を思い出す。歩道には一定の間隔でクスノキが植えてあり、走りゆく小学生たちをちらちらと隠す。クスノキの葉は青々と生い茂っていて、その中にちらほらと赤い新芽が見える。春の間に出揃ったこれらの芽もこれから徐々に小さく花開くことだろう。

5以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/06(金) 18:02:06.90 ID:EuTDqe7L

 太陽の陽射しのおかげで部屋は明かりを点けなくても十分に明るい。小学生たちの声が聞こえなくなると、手元の雑誌に目を戻した。市内にある遊園地、ネプランドを特集した雑誌である。開いたページでは人気アトラクションの1つ、「NEP COASTER」が紹介されている。写真には、桃色の車体のジェットコースターがくねくねと曲がったレールの上を走っている様子が写されている。この雑誌は今週の月曜日に、帰り道の途中にある本屋で買ったものだ。これまで何度も読んだので全体的に少しよれている。

 子供の頃は父と母の3人でよくこの遊園地に遊びに行った。ぺらぺらと雑誌のページをめくっていると、当時の様子が思い出される。当時は無かったアトラクションもあるが、そのまま残っているものもあるようだ。あの頃の自分は無邪気だった。マスコットの着ぐるみに話しかけ、メリーゴーランドに揺られてはしゃぎ、身長制限に引っ掛かっているにもかかわらず、ジェットコースターに乗りたいと駄々をこねた。良い時代だったなと軽く息をつく。

 ページをめくるのをやめ、雑誌を脇に置いて後ろに倒れこんだ。両手を頭の後ろで組んで窓の外を見ると、雲ひとつない青空が見えた。快晴。まさに絶好のお出掛け日和といったところだ。しかし気分はいっこうに優れない。これから遊園地に行って遊ぶ。子供時代であれば、今ごろわくわくして落ち着かないことだろう。だが事情が事情だ。これから起こることは、17年間生きてきた中でもトップクラスの重大な案件だった。部屋の天井に目をやって、自分がこんな事態に陥った経緯に思いを馳せた。あれは先週の金曜日だった。

6以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/06(金) 18:05:31.62 ID:h/537MAs

先週の金曜日だった
まで読んだ

7以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/06(金) 18:09:22.98 ID:EuTDqe7L

 村岡、山下、根岸の3人は俺が学校でよくつるむ男子だ。彼らとは休み時間はもちろん体育や放課後にいたるまで、高校生活のほとんどを一緒に過ごしている。その日の昼休みも、俺は彼ら3人とトランプをして過ごしていた。ごく一般的な大富豪だったが、ゲームを進めるうちに、大富豪が大貧民に何か命令をするというルールが設けられた。ルールの追加によってゲームはさらに盛り上がり、勝った負けた、あれをやれこれを買って来いと遊んでいた。

 何回目かのゲームで大富豪が山下、富豪が村岡、貧民が俺、大貧民が根岸となった。さあ山下はどんな命令をするだろうと待っていると、山下は少し考えた後、後生大事にしている黒縁の眼鏡をくいと上げ、俺に

「根久夫、お前最近成田さんとどうなの」と聞いてきた。

 成田双葉。同じクラスの女子だ。突然の話題にどぎまぎしつつ

「どうって?」と聞き返すと山下は

「だからほら、一緒に遊びに行ったりとかしてないのかよ」と言って、きらりと黒縁眼鏡を意地悪く光らせた。

「遊びにって、なんでそういうことになるんだよ」

「なんだ、進歩のないやつだな。ようやく2人で会話してる姿を見るようになったと思ったらこれだ。お前はほんと奥手だな。どれ、俺がひとつ手を貸してやろう」

 山下はそう言うと根岸を見てこう言った。

「成田さんに、根久夫が来週の日曜日一緒にネプランドに行きませんかって言ってたって伝えて」

8以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/06(金) 18:35:57.38 ID:EuTDqe7L

 普段はのそのそと動く根岸は、山下のその言葉を聞いた途端にいきいきとした表情になり、「合点承知!」と勢いよく席を立って、教室の前の方で友人と談笑している成田の下へと小走りで向かった。山下の発言と、根岸のまるで別人のような挙動に一瞬呆気にとられらたものの、俺はすぐさま根岸を追いかけようとした。「お、おい!」

 根岸はすでに10歩ほど先におり、「おーい、成田さーん」と手を挙げている。成田が振り向くのと俺が駆け出すのがほとんど同時だった。

「さっき根久夫が言ってたんだけど、来週の日曜日……」

「ちょっと待てぇ!」

 寸でのところで後ろから根岸の口を右手で塞ぎ、そのままグイッと引き寄せる。危ないところだった。もがもが言う根岸を席に連れ戻そうと引きずりながら、「なんでもない、なんでもないから」と成田に向かってぶんぶんと左手を振った。彼女は不思議そうな表情でこちらを見ている。その視線に耐えられず、急いで席に戻ろうとしたのだが、根岸は山下からの命令を遂行しようと激しく抵抗しだした。結構な力である。このまま抑え続けるのは無理そうだ、ひとまずこいつには眠ってもらおうとヘッドロックを仕掛けたところでチャイムが鳴り、先生が教室に入ってきた。

9以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/06(金) 18:58:48.21 ID:EuTDqe7L

 5時間目は数学だった。4月の始めに、1年生で勉強したことが定着しているか確認するため行われたテストが返却された。悪くはないが決して良いと言える点数でもなかった。クラス全員分のテストを返却し終えると、先生は問題の解説を始めた。

 テストの最初の方はわりとよくできていたから、始めのうち、先生の解説はほとんど聞いていなかった。なんとなくぼんやりとしながら、ちらりと左の方に目をやると、少し離れた席で成田が机に両肘をつき、頭を抱えて座っていた。どうしたんだろう、もしかしてテストの点数が良くなかったのかとしばらく見ていると、彼女の頭ががくっと大きく下に動いた。同時に体をびくりとさせ、一瞬辺りを見回す。それから彼女は何事もなかったかのように正面に向き直った。どうやら居眠りしていたらしい。

 成田とは1年生のときも同じクラスだった。その姿を目で追うようになってもう1年近く経つ。会話をするようになったのは1年生の秋頃だった。ふとさきほどの山下の話を思い出す。もしも成田と2人で出掛けることになったらどうなるだろうか。これまでも何度か想像したことがあった。休日に出歩く2人。どんな会話をするだろう。学校でするようなどうでもいい会話ばかりになる気がする。歩くときの距離感は。近すぎても離れても不自然かもしれない。行き先はどこがいいだろう。ネプランド。2人で遊ぶのにはいいかもしれない。

 2人でネプランドで遊ぶ様子をあれこれと妄想していると、先生の「じゃあ次。大問の4だけど」という声が聞こえた。ここからは授業に集中する必要がある。めくるめく妄想を振り払い、赤ペンを握り直すと意識を先生と黒板に向けた。

10以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/06(金) 19:23:18.49 ID:apHsZM6h

成田って苗字かっこいいと思う
どことなく主人公っぽい名前

11以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/06(金) 19:37:49.91 ID:EuTDqe7L

 数学の授業が終わると、次は音楽の授業だ。したがって音楽室に移動しなければならない。6時間目ともなると少し疲れが溜まっている。のろのろと数学のテストを鞄にしまい、代わりに音楽の教科書を取り出そうとがさごそとやっているうちに、クラスメイトの大半はもう教室を出てしまっていた。教室の入り口の方から「根久夫、まだか?」と声がして目を向けると山下たちが待っていた。

「悪い悪い。先に行っててくれ」

 と言うと「わかった」とだけ答えて山下たちも教室から出ていった。

 いくら探しても音楽の教科書が見当たらない。どこに置いただろうかと考えていると、前回の授業の後、ロッカーにしまったことを思い出した。席を離れて自分のロッカーの中を確認すると、やはりあった。よかった、と息をついてから教室を見渡すと、すでに数人しか残っていない。遅れるのはごめんだと急いで教室を出ると、廊下を行き交う生徒たちの中、2つ隣の教室から成田が出てくるのが見えた。少し足を早めて成田に並び

「よう」と声をかけると、成田は

「あれ、須藤だ。なにしてんの?遅れるよ?」と言った。自分だって遅れそうなのに能天気なことだ。

「まぁ少しくらい大丈夫だろ」と歩調を緩めて成田に合わせ、音楽室へ向かうことにした。

12以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/06(金) 19:54:32.03 ID:EuTDqe7L

「ていうか1人?山下くんたちは?」歩いていると成田が訊ねた。

「俺が準備に手間取ったから先に行かせた」

「ふーん」

「成田は何してたの」

 「教科書忘れたから別のクラスのえりちゃんに借りてたの。クラスが離れて残念だったけど、こういうときは助かるなぁ。久しぶりに会ったから、話がはずんじゃってこんな時間になっちゃった」

 なにやらご機嫌だ。

「それにしても須藤たちはいいよね。去年も同じクラスだったんでしょ?」

「正確には中2の頃から同じだな」

「そんなに長いんだ。仲良さそうだしね」

 そう言うと、成田は少し考えるような間を開けてから「でもさあ」と続けた。少し明るい口調だった。

「仲が良すぎるのもどうかと思うよ?須藤、昼休みに根岸くんに抱きついてたでしょ」

「は?」なに言ってんだこいつ。

 思わず成田を見ると、やれやれと大袈裟に頭を振りながら「まさか須藤にあんな趣味があったとはねぇ」と言っていた。

「いやいや違う違う。あれは罰ゲームの成り行きでしかたなかったんだ。好きであんなことしてたんじゃない。」と急いで答えると

「罰ゲーム?あれが?」

 と明らかにおもしろがっている表情をこちらに向けた。「どんな内容よ。言ってみなさい」

 どうやら俺を笑い飛ばす準備は万端らしい。こうなるとやっかいだ。答えによっては、今後これをネタにからかわれる可能性がある。しかし本当のことを言うわけにもいかないので、とりあえずはぐらかすことにした。

13以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/06(金) 20:06:23.70 ID:EuTDqe7L

「別になんだっていいだろ。それよりさ……」

 それより……なんだろう。廊下の前の方に同じく音楽室へ向かうクラスメイトが見えた。必死に頭を働かせていると、ふいに、数学の授業中に巡らせた妄想が頭をよぎった。その瞬間、胸がぐっと詰まり目の前の景色が妙にはっきりと見えた。

「来週の日曜ひま?」

「え、うん。ひまかな。みんな部活で忙しいみたいだし」

「じゃあさ、ネプランド行かね?」

 はっと我に帰った。今なにかとんでもないことを言ってしまった気がする。恐る恐る成田の方に顔を向けると、成田は何も言わずきょとんとこちらを見ていた。

 激しい後悔を予感しながら、それでも次に言うべき言葉が浮かばず黙っていると、成田の表情がぱっと変わり

「いいね、ネプランド!私しばらく行ってないの!行こう行こう!」と目をきらきらさせて言った。

 なにがなんだかわからず「お、おう……」などとごもごも言っていると、成田はひょいと廊下の先の方を見て「あ、かほちゃんたちだ」と先に歩き出した。そうかと思うとくるりとこちらを振り返り

「じゃ、またあとでね」と言って行ってしまった。

 残された俺は呆然とその後ろ姿を見送ることしかできなかった。

14以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/06(金) 20:15:57.89 ID:EuTDqe7L

 はじめのうち、成田が本気でネプランドに行くつもりなのだとは思っていなかった。どうせ来週には「ごめん、やっぱ用事が入った」とか言ってくるに違いないと高をくくっていた。

 だから、次の週の月曜日に学校で会った際、開口一番「ねえねえ、今度の日曜日は2時にネプランドの入り口で待ち合わせってことでいい?」と言ってきたときにはうろたえてしまった。

「え?ほんとに行くの?」

「は?須藤が言ったんでしょ。ネプランドなんていつぶりだろう。楽しみだなぁ」

 こいつ本気だったのかと、その時になって初めて事の重大さに気づいた。どうしようどうしようとその日一日頭を悩ませた結果、とりあえず情報収集しなければと、帰りに書店に寄ってネプランドの雑誌を買ったのだった。

 そして今日がその日曜日である。成田と出かけるということがこんなに気が重くするとは思わなかった。午後いっぱい2人で過ごすなんて、そんなに間がもつわけない。全く嫌な予感しかしない。あの時の自分はどこかおかしかったのだ。恨めしげに部屋の天井を見つめながら後悔に後悔を重ねてそう思った。

 それにしても成田が誘いを承諾してくれるとは思わなかった。激しく断られて自分は自己嫌悪の渦に飲まれるのだと覚悟したのに。あの時の彼女の表情の変化はまさに劇的だった。呆けた顔だったのが、眉をくいと持ち上げ、口をぱっと開けて笑顔になる。いかにも楽しみ、といったあの顔を思い出す度に息が詰まった。

 壁の時計に目をやると、そろそろ昼食の時間である。俺はゆっくりと立ち上がり、背伸びをしてから部屋を出た。

15以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/06(金) 20:18:00.91 ID:iNpFwg6X

えっちな展開期待

16以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/06(金) 20:25:36.87 ID:EuTDqe7L

 昼食を終えると、少し早めに家を出た。外はかなり明るいが気温はそれほど高くない。どうやら過ごしやすい午後になりそうだ。大きく息を吸って吐き出す。まあ遊園地で遊ぶだけだ。案外なんとかなるんじゃないだろうか。

 自転車に跨がり、最寄り駅を目指す。ふがふが鼻歌を歌いながらペダルを漕いでいるうちに駅に着いた。ネプランドまでは駅5つ分離れている。切符を買い、改札を通ってホームに行くと、ほどなくして電車が来た。立っている乗客もちらほらいるが、座る席が無いというほどでもないようだ。3両目の前の方に乗り、反対側の入り口の脇に立って車内を見渡すと、座席の前に、こちら側の車窓に体を向けて立っているヒールを履いた女性がいた。携帯をいじっている。特にすることもないので、午前中に見ていたネプランドの雑誌の記事をあれこれ思い出していると、電車が動き出した。その時、ヒールを履いた女性がよろめいてその片足が床から離れた。電車はゆっくり速度を上げていく。みるみるうちに女性はバランスを崩し、ついには車両の後方に向かってけんけんし出した。とっとっとっ、とヒールが床に当たる音が車内に響き渡る。女性はばたばたと両手を振っていたが、車両の中ほどまで行ったところでようやくその手が手すりをつかんだ。しかし、体勢を取り戻したものの、女性はなんだか妙に縮こまってしまい、その後一度も顔を上げなかった。周りの乗客はちらちらとその女性を度々盗み見た。

17以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/06(金) 20:32:06.04 ID:UR7+FomP

感動した!乙!

18以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/06(金) 20:35:13.33 ID:EuTDqe7L

 目的の駅が近づくにつれ、車内は段々と混みだした。これからネプランドへ向かう人も少なくないのだろう。ごちゃこちゃとした車内から目を逸らすように、俺は外の景色を眺めていた。街の景色は次々と変わり、民家だけでなくコンビニや小型のスーパーも目立つようになった。俺は頭の中で、その建物たちの屋根を飛び移る忍者を想像して遊んでいた。

 遊びに没頭していた俺の耳に、「まもなくネプランド前です。忘れ物のございませんようご注意ください」というアナウンスが聞こえてきた。はっとして忍者の残像をかき消すと、電車はすでに目的の駅のすぐ近くまで来ていた。駅から少し離れたところにはネプランドが見えていた。電車から降りて、同じくネプランドへ向かう人たちの群れについて歩いていくと、5分ほどで着いた。

 久々に来たネプランドは、ぱっと見たところどこも変わっていないようだった。特にこの入場ゲート。2つのゲートが並んでいて、どことなくこぢんまりとした印象を与える。そこまで人口の多くないこの街に相応の遊園地、といったところだ。この入場ゲートの前で成田と待ち合わせることになっている。しかし、辺りを見回しても成田の姿は見当たらない。どうやらまだ来ていないようだ。時計を見ると、待ち合わせの時間まではあと10分ある。きょろきょろそわそわして待っていると、人混みの中からこちらへ向かってぱたぱたと小走りにやってくる成田の姿が見えた。

19以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/06(金) 20:44:21.98 ID:EuTDqe7L

「ごめんごめん。待った?」

「いや」

 つい返事がおざなりになる。学校の外で彼女と会うのは今日が初めてだった。走ってきたためか少し息が乱れているが、彼女は微笑んでいた。その表情に思わず気を取られていた。

「そっか。いやぁ今日は晴れて良かったね。最高のネプランド日和だよ」

「そうだな」と答えたものの後が続かない。何か言わなければと言葉を捻り出す。「昨日うちの前で変なおっさんが晴れ乞いの儀式をしてたから、多分そのおかげで晴れたんだろ」

「は。意味わかんない。なに言ってんの?」怪訝な顔で返された。しかし、若干怖いその顔もすぐさま笑顔に変わり、「さ、早く行こ」と入場口の方へと足を向けた。

 入場券を買って園内に入ると、休日だけあってネプランドはそこそこ混んでいた。子連れや学生の集団やらが右へ左へ流れていく。横では成田が「結構人いるねぇ」ときょろきょろしている。俺は入り口でもらった園内の案内図を広げていた。ネプランドは特別広いわけではないが、それでも半日で全てのアトラクションを回ることはできないだろう。

「とりあえずどうしようか」と聞くと

「ジェットコースター!ジェットコースターに乗ろう!景気付けに!」と勢いよく彼女は答えた。

 ネプランドに来れば誰だってテンションは上がる。景気付けもなにも必要ないだろと思いながら案内図を見ると、ジェットコースターはここから東の方にある。顔を上げて見回すと、ジェットコースターのレールのようなものが見える。「じゃああっちだな」と歩き出した。

20以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/06(金) 20:55:44.23 ID:EuTDqe7L

 ジェットコースターはネプランドの名物アトラクションであり、それなりに大きい。高さは40m、乗車時間は2分に及ぶ。最高時速は80kmだとあの雑誌に書いてあった。ジェットコースターに乗ったことのない俺にはちょっと想像できない。

「ネプランドに来たらジェットコースターだよね」隣で成田が言った。

「結構有名だよな、ここのジェットコースター」

「うん。他所の遊園地のより好きだな、私。速くて、ぐわんぐわん揺られて、ぐるんて回るの」くるっと人差し指を回して成田が言う。

「そうなのか。俺乗ったことないんだよな、ジェットコースター」

「えっ!そうなの?なんで?」

「なんでって……。遊園地に通ったのなんて小さい頃の話だし、その頃は背も小さくて乗れなかったんだよ」

「へぇ、そうなの。じゃあ初ジェットコースターがネプランドなんだ。かわいそう」

「なんだよ、かわいそうって」

「だって、ネプランドのジェットコースター怖いよ?それで有名なんだから。須藤、泣いちゃうんじゃない?」

「泣かねぇわ。泣くわけねぇだろ、あんなんで」

「どうだか」

21以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/06(金) 21:06:02.45 ID:EuTDqe7L

 そんなやりとりをしているうちに木造の建物の前に着いた。山奥に建つロッジに似ている。雪が積もっているかのように真っ白な三角屋根には煙突が付いており、2階の外壁には白い字で「NEP COASTER」と書かれたピンク色の看板が掲げてある。建物の横には背の高い松の木と雪だるまの置物が立っている。入り口の前には五分刈りの青年が立っていて、左のこぶしを挙げながら「NEP COASTERへようこそ!」と言っている。恐らくスタッフだろう。ロッジのような建物のすぐ後ろにはもうひとつ建物が建っている。そちらは4階建てだ。ジェットコースターのレールはその4階から延びていた。乗場はそこにあるらしい。ロッジのような建物とは2階部分が通路でつながっていた。遠くの方からはジェットコースターが走る「ゴォー」という音や乗客の悲鳴が聞こえていた。

 入り口の前まで行くと、スタッフに「現在30分待ちです。中の階段をお進みください」と案内された。

「30分待ちだってよ」と言うと成田は

「まぁ日曜だしね」とはるか頭上のレールを見つめながら答えた。

 ロッジのような建物に入ると、左の方に階段がある。上の階からは人の話し声が聞こえる。部屋の中を進んでいるうちにふとあることを思い出した。

「この建物さ、兼六園をモチーフにして作られたらしいよ」午前中に読んだ雑誌からの情報だ。

「兼六園?」

「そう。ここの創設者が兼六園に行ったときにすごい癒されたから、遊園地にも建てたようと思ったらしい」

「へぇそうなんだ。確かに落ち着く建物だけど」

「ちょっと遊園地には合わないよな。しかもよりによってジェットコースターに作るってどうかと思う」

「ていうか兼六園にこんな建物あるのかな?なんか煙突付いてたけど」

 確かに。金沢にある兼六園は江戸時代に造られた庭園だ。その頃に煙突などあったのだろうか。

「さあ。行ったことないからわかんねぇ」

22以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/07(土) 03:11:07.46 ID:LV9xu1Th

無駄に文才あって読みやすい上に情景の想像しやすくてワロタ

23以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/07(土) 12:57:12.50 ID:dCpQzJJ0

続きまってるよ

24以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/07(土) 16:26:41.67 ID:T7lK8RdQ

多分>>1=>>22

25以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/07(土) 19:49:57.95 ID:QeP/IaMk

 階段を上がって2階に行くと、すでに行列ができていた。行列は、奥の建物につながる通路を通って上の階にある乗り場まで続いているようだ。行列は少し進んでは止まり、しばらくしてまた進む、を繰り返しながらゆっくり進んだ。

 通路を通って乗り場のある建物に入ると、再び左手に階段がある。建物の中は音が響きやすく、行列のざわざわとした話し声やジェットコースターが止まるときのブレーキ音などで埋め尽くされていた。そういった音の中から時折、遠くの方で「いってらっしゃーい」という声が聞こえる。その声が聞こえる度、行列のざわめきが少し大きくなった。前に並んでいる3人組は「うわーなんか緊張してきた」「俺漏らすかも」「つーか漏れたわ」などと言っている。

 階段の壁には乗る際の注意書やジェットコースターの全体図などが貼られている。初めてのジェットコースターに期待を膨らませながらそれらを眺めて列に付いていくうちに、乗り場のある部屋が見えてきた。 入り口からは、これから出発するのであろうコースターが見える。

「ピンクのジェットコースターってかわいいよね」

 隣で成田が言った。かわいいかどうかはわからないが、目立つとは思う。ピンク一色で塗りつぶされた車体に大きな白い字で「NEP COASTER」と書いてあれば人目を引くだろう。

「なんか桃っぽいよな」

「わかる。かわいい」

 また列が動いた。乗り場の部屋に入ろうとしたところで、入り口の前にいたスタッフに「こちらで2列になってお待ちください」と止められた。中から別のスタッフの「いってらっしゃーい」と言う声が聞こえる。がたがたという音が聞こえ、ジェットコースターがゆっくりと外へ出ていくのが見えた。部屋を覗くと、中では乗客が2列になって並んでいる。床にはレールが敷いてあり、まっすぐ外へ延びている。俺たちは今並んでいる乗客の次の組のようだ。

「ねえねえ、私たちもしかしたらジェットコースターの一番前に乗れるんじゃない」と成田が言った。

「ああ、そうかもな。順番的に」

「私一番前は初めてだよ。どきどきするなぁ」

26以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/07(土) 19:56:41.59 ID:QeP/IaMk

 しばらくすると、部屋の中でスタッフが「おかえりなさい」と言うのが聞こえた。どうやらさっき出ていったのとは別のジェットコースターが帰ってきたらしい。ジェットコースターから降りた客たちの声で部屋の中が少しざわつく。「すげぇ怖かった」「もう一回乗ろうぜ」といった声が聞こえる。

 入れ替わりで、並んでいた客たちがジェットコースターに乗る。両脇で控えていた2人のスタッフが安全バーがちゃんと下りているか確かめているうちに、俺たちも部屋に通された。中にいたスタッフに案内され、ジェットコースターに沿うように横2列で並ばされた。俺たちはやはりジェットコースターの一番前に乗るようだ。

「それでは、いってらっしゃーい」とマイクを付けたスタッフが言うと、目の前のジェットコースターがゆっくり動き出す。さっき安全バーを確認していたスタッフたちがすれ違いざまに乗客とタッチする。

 ジェットコースターが行ってしまうと、マイクを付けたスタッフが乗車中の注意事項を説明し始めた。帽子や眼鏡はとること、カメラは持ち込まないことなど階段の壁に貼ってあった注意書と同じような内容だった。最後に、貴重品を脇にあるロッカーに入れるよう言って説明は終わった。

 ロッカーに財布と携帯電話を入れて列に戻ると、ジェットコースターが部屋に入ってきて列の前で止まった。乗客たちは、安全バーを上げて降りてくる。楽しそうな顔をしている人がほとんどだが、中には足元をふらつかせながら歩いていく人もいた。

 乗客が降りたあとを、スタッフが落とし物がないか確認し終わったところで「足元にご注意しながらご乗車ください」とアナウンスが入った。

27以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/07(土) 20:02:09.99 ID:QeP/IaMk

 初めて乗るジェットコースターに胸を踊らせながら席に座る。座席は硬く、つるつるしていた。左隣の席では成田が顔をほころばせてそわそわしている。すでに安全バーを下ろしていた。

「いよいよだな」バーを下ろしながら言うと

「うん。楽しみ」とにこにこして答える。

「なんか緊張してきた」

「泣かないでよ、須藤」

「泣かねぇって」

「スタッフが安全バーの確認を致しますので、バーを下げてお待ちください」とアナウンスが入った。右に立っていたスタッフが安全バーを触って確かめる。さっきは容易に動いたバーが、今は全く動かない。かなり心強い。

 乗客全員の安全バーを確認し終えると、スタッフが横に戻ってきた。そして、マイクを付けたスタッフが「それでは、いってらっしゃーい!」と言うと、がたがたと車両が動き出した。横に立つスタッフがタッチをしようと手を差し出したので、右手でそれに応じる。すれ違いざまに「いってらっしゃい」と声をかけられた。

 ジェットコースターはレールの上をゆっくりと進んだ。少し進むと大きなカーブに入り、それを過ぎると外に出た。しばらく建物の中にいたので太陽の陽射しがまぶしい。前方ではレールが結構な上り坂になっている。まるで空に向かって延びているかのようだ。間近で見ると、地上から見たときよりも迫力があった。かなり高い。後ろの乗客たちは「えー!」「あんな高いの!」と悲鳴を上げている。

 その坂を、ジェットコースターは速度を落とさずに淡々と登る。背もたれに自分の体重がかかる。景色はみるみる高度を上げていく。下を見るのにも勇気が必要になる頃には、頂上はもうすぐそこだ。

 がたん、と揺れて頂上に着いた。車両が水平になる。空の向こう側が目線と同じ高さだった。

「ねえ須藤」

 ふいに成田が声をかけてきた。振り向くと、成田が安全バーを軽くつかみながら楽しそうに微笑んでいる。後ろには雲ひとつない青空が広がっていた。

「今日は誘ってくれてありがとう。私本当に楽しみにしてたんだよ」

 ふたりの距離が近いからだろうか。目の前にいる成田の声は、周りのざわめきにも関わらずはっきりと届いた。

「よろしくね」

 視界が傾く。ざわめきがいっそう大きくなり、ジェットコースターは重力にしたがって落下を始めた。

28以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/07(土) 20:05:36.59 ID:QCePgELM

こんな長いの読めない誰かが賞賛してたらみる

29以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/07(土) 20:12:10.40 ID:QeP/IaMk

 内臓がぐぐっと持ち上がる感じがして、空中に投げ出されたのかと思った。前を向くと、人や建物が小さく見えていて、自分がいかに高い場所にいるかを思い知らされた。落ちる、と思った。

 さっきまでとは打って変わって、ジェットコースターはぐんぐんスピードを上げていく。恐怖と慣れない浮遊感に、思わず安全バーをぎゅっと握る。隣では成田が楽しそうな声を上げている。

 下の方には水平にレールが延びている。このまま地面にぶつかるのではないかという速度で落ちていたジェットコースターが、突如水平になる。その衝撃に耐えられず、姿勢が前傾になる。姿勢を立て直すことができないままカーブに差し掛かった。車体が横に傾き、前傾姿勢のまま遠心力で引っぱられる。カーブが終わると再び坂を上がり、すぐに降下した。ジェットコースターの車輪の音と風の音でうるさいくらいだった。

 上昇、下降、カーブ。上下左右に激しく揺さぶられるうちに何がなんだかわからなくなった。今どこを走っているのか、どのくらい時間が経ったのかなど考える余裕もない。目を閉じることもできず、必死に前を見据えていた。風が目に入って涙が出てくる。

 何度目かのカーブを過ぎると、レールが上に延びて反り返っているのが見えた。見たことのないコースに、これからなにが起こるのか理解する間もなくジェットコースターは反り返ったレールを進んでいく。進むにつれ、背中が座席に押し付けられる。段々とお尻が座席から離れ、それと同時に肩が安全バーに触れるようになる。お尻がすっかり座席から離れ、肩に全体重がかかるようになると、足の下の方に空が見えるようになった。はるか頭上には地面が広がっている。その時ふと、成田が人差し指をくるんと回していたことを思い出す。もう勘弁してくれと、ほとんど泣きそうになりながら思った。

30以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/07(土) 20:22:43.01 ID:QeP/IaMk

 ジェットコースターは縦横無尽にレールを駆け巡った。その間、ずっと成田は歓声をあげ、俺はひたすら耐えていた。ようやくジェットコースターがブレーキを掛けた頃には俺はかなりぐったりしていた。視界は涙でぼやけ、耳鳴りがしていた。少し頭痛もする。

 ジェットコースターはゆっくりと建物の中に入った。「おかえりなさーい」というスタッフの声が聞こえ、ジェットコースターが止まった。安全バーを上げて降りると成田が
「いやぁ楽しかったねぇ!」

 と言った。俺が力なく

「そうだな」

 と答えると、成田はじっとこちらを見てから

「もしかして須藤、泣いてる?」

 と言った。

「いや泣いてないけど」
「だって、涙が……」心配そうに顔をしかめている。

「あ、いやいや。これは風が目に入ってから出ただけだから。泣いてるわけじゃないから大丈夫」勘違いされては困るので全力で否定する。

「そうなの?」

「そう。心配ない」

 普段通り振る舞おうと、持ち物を預けてあるロッカーに向かいながら成田に向けてこう言った。

「でも、ちょっと休むか」

31以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/07(土) 20:32:11.20 ID:QeP/IaMk

 ジェットコースターの建物から少し離れたところに休憩スペースがある。パラソルつきのテーブルと椅子3脚がセットになっていくつか置いてある。そのうちのひとつに腰かけて一休みすることにした。他のテーブルには飲み物を飲んでいる親子連れがいた。広場には食べ物の販売スペースもあるが、ピークの時間はもう過ぎたらしく買っている人はいない。

 椅子に座って一息つく。まだ少し頭がくらくらする。遠くの方に目をやると、楽しそうに行き交う人々が見えた。

「大丈夫?」テーブル越しに成田が聞いてくる。

「いや全然大丈夫だから。むしろ成田のほうこそ大丈夫なのかよ」

「私は何回も乗ってるからなんともないけど……」

「ならいいけどさ。次どうする?」

 あんな乗り物でも何度か乗れば慣れるという言葉に内心で驚きつつも、平静を装って手に持っていた園内の案内図をテーブルに広げる。「ああそうだね」と成田はつられるように案内図を覗きこんだ。

「なにがいいかなぁ。まだ外明るいからお化け屋敷もちょっとねぇ」難しい顔で案内図を眺めながら成田が言った。

 その時、別のテーブルで親子連れが何やら声をあげた。母親が慌てている。どうやら子供が飲み物をこぼしてしまったらしい。慌てる母親に驚き、子供が泣き出した。父親が子供を抱き上げ、あやすように話しかけている。母親は飲み物の後始末を始めた。

「あっ、観覧車は?」成田が言った。

 その言葉を聞いて一瞬思考が止まる。観覧車……?

「ねえねえ、観覧車に乗ろうよ。ジェットコースターで少し疲れたし、ゆっくりできるんじゃない?」

 気を遣われてしまった。なんだか申し訳なくなる。だがそれ以上に、成田と観覧車に乗るということに抵抗を覚えた。

32以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/07(土) 20:40:54.48 ID:QeP/IaMk

「いや、いい」

「え?なんで?」

 男女が二人で観覧車に乗る場合、そこには何か特別な意味合いが含まれる。なんとなくそんなイメージがあった。あんな狭い空間に長時間成田と二人きりでいるなんて耐えられない。意識するあまり挙動不審になることは間違いない。ゆっくりするどころじゃないだろう。これ以上醜態を晒すのはごめんだった。

「俺の体調なら心配ないよ。このくらいならそのうち良くなるから。観覧車より他になんかないの?」

「ううん……」

「ほら、これとか」

 広げてある案内図を見て、目についたアトラクションに人差し指をとん、と置く。

「あ、私これ乗ったことない」成田が言った。

 それは「神の対義語」というアトラクションだった。大きな振り子のようなアトラクションで、振り子の先に大勢の客を乗せて前後に揺れる。揺れる際の速度はかなりのものである。これと同じようなアトラクションは他の遊園地でも珍しくなく、振り子の先が海賊船だったりブランコだったりと、遊園地ごとに個性がある。ネプランドの場合は、数字の「0」のような少し歪んだ輪に沿って座席が並べてある。

 このアトラクションもジェットコースターと同じくいわゆる絶叫系である。そのことに気付き、しまったと思ったが、自分から提案した以上は取り下げるわけにもいかない。自分の軽率さに心の中で舌打ちをしながら何ともないように

「じゃあこれでいいじゃん」

 と言うと成田は

「うん。そうだね」

 と頷いた。

「よし決まり。そろそろ行くか」そう言って椅子から立ち上がった。

33以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/07(土) 20:47:34.95 ID:QeP/IaMk

「それにしても、成田でも乗ったことないやつあるんだな」

 「神の対義語」に向かいながら成田に問いかける。

「あ、うん。何個かあるよ」

「なんか意外だな」成田はネプランドで遊び慣れてる印象があった。

「友達とよく来てたけど、毎回同じようなのに乗っちゃうんだよね。暗黙の了解みたいな感じで。次はあそこ行こうって、自然とみんな次のアトラクションに向かうの」

「同じようなとこ行って飽きないのか?」

「うーん。みんなと話してれば楽しいしねぇ」

 毎回同じアトラクションに乗ってたら話題なんてなくなりそうなものだが。何を話題にしてそんなに盛り上がるのだろう。

「ふうん。まあ俺も『神の対義語』には乗ったことないけど。小さい頃は乗りたいとも思わなかったな」

「楽しそうではあるけどね、こういうの。ただちょっと名前が変というか、とっつきにくいよね。『神の対義語』とか言われてもよくわかんないし」

 それはわかる。どことなく哲学的な響きだ。遊園地には全くそぐわない上に、そもそもアトラクションとの関連がわからない。

「なんだと思う?神の対義語」

「ええ?わかんないよ。難しいもん」困ったように成田が答える。

「いいからいいから。なんか適当に」

「えーなんだろう」顎に手を当てて考えるような仕草をする。そのまま少しの間黙っていたが、ふいに「人、とか」と言った。

 なかなか深い答えが来た。どうやら真面目に考えていたらしい。「お、おお。なるほどな」としか言いようがなかった。

34以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/07(土) 20:56:42.68 ID:QeP/IaMk

「ちょっと、なにその反応。なんか恥ずかしいじゃん」

「あ、いや。思いの外ちゃんとした答えだったから……」

「なにそれ。じゃあ須藤はなんだと思うの?神様の対義語」

 特に考えていたわけではなかったが、答えはするりと出た。

「0じゃない?神の対義語は0」

「0?」

「対義語というか概念の問題だな」

「……へ、へえー。そうなんだ」

 あっさりとした返事がきた。確かになんだか恥ずかしい。

「……成田の反応だって微妙じゃねぇか」

「う、うん。いやなんか難しいね、色々と」

 「神の対義語」の前に着いた。体調はもうとっくに良くなっていた。人はそこそこ並んでいるが、ジェットコースターの時ほどではない。次の組には乗れそうだ。そんなことを思いながら列の最後尾についた。

「へえこんなのなんだ」横で成田が言った。

 高さは10mもあるだろうか。その高さから鉄でできた足が伸び、今まさに左右に揺れている。足の先は大きな円盤のようになっており、そこに客が座っているようだ。乗客は30人以上はいるだろうか。円盤は数字の「0」のように少し歪んだ形をしていて、足が揺れるのに合わせてゆっくり回転している。少し離れた場所にいるにもかかわらず、空気を切る音や円盤が巻き起こす風が届いている。かなりの勢いで動いている。

「間近で見ると結構迫力あるね。すごいすごい」

「そうだな」と短く答える。さっきのジェットコースターの件があるのでつい身構えてしまう。知らないうちに握りしめていた右手に力が入った。

35以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/07(土) 22:07:22.61 ID:7kxNblWu

おもしろい
nepネタもいいかんじでよい

36以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/08(日) 20:05:26.74 ID:7K8h533b

 「神の対義語」は、俺たちが見ている間に振れ幅をどんどん大きくしていく。円盤はもう何度も右回りと左回りを繰り返していた。足の角度が水平を超えたときには思わず身震いがした。

「あんなに高くあがるんだ。ねえこれ楽しそうじゃない?」成田が明るい声で言う。全く同意できない。もしかしたら俺と彼女は分かり合えないのかもしれない。

 しばらくすると「神の対義語」は段々と振れ幅を小さくして、やがて止まった。乗客が全員降りると、行列が動く。俺たちもスタッフに案内されて乗り場に入り、ロッカーに荷物を入れて靴を脱いだ。「神の対義語」の座席は、輪の外側を向くようについている。そのうちのひとつに座り、動き出すまで待つ。考えないようにしても、さきほど見ていた「神の対義語」の動きが脳裏に浮かぶ。あの高さまで座席が上がるのかと、つい目線を上げてしまう。隣の席では成田が安全バーを下げて、両足をぶらぶら動かしていた。

 またジェットコースターの時と同じ目に遭うのではないかと不安で仕方ない。いっそのこと調子が悪いとか言って逃げようかと考えていると、スタッフがやってきて「失礼します」と言って俺の席の安全バーを下ろしていった。まだバーは動かせるものの、こうなっては席を離れるのも気が引ける。

 げんなりしながら待っていると、スタッフが、「安全バーの確認をしますので少々お待ちください」と呼びかけた。スタッフが次々と乗客のバーを確認して回る。試しにバーを動かそうとしたが、もうロックが掛かっているらしくぴくりとも動かない。これだけしっかり固定されていれば落ちることなどないだろうが、逃げることもできなくなった。

37以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/08(日) 20:06:50.89 ID:0Ndr7YMt

ちょっと待っていつまで対義語引っ張るの

38以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/08(日) 20:14:59.15 ID:7K8h533b

 確認が終わると、スタッフが離れる。機械の動くゴォーという音がして「神の対義語」が動き始めた。初めはブランコのように小さくゆっくり揺れていたが、それでも安全バーを強く握る。今でこそ揺れは小さいが、そのうちさっき見たようにとんでもない高さまで上がるのだ。そう思うと呑気に構えてなどいられなかった。

 徐々に振れ幅が大きくなっていく。それにつれて速度も上がる。座席は地面の近くをすごい速さで通り過ぎ、空中のある高さで一瞬止まる。そして乗客に浮遊感を与えながら再び地面に向かって動き出す。座席は一往復するごとに半周だけ回転している。

 乗る前から抱えていた緊張は、座席の到達する高さが高くなるにしたがってほぐれていった。乗り場の前の行列を見下ろすほどの高さに到達した頃には楽しいとすら感じていた。座席が回転しているため、動きが止まる度に違う景色が見える。真っ青な空が広がっていたり遊園地を歩く人々の姿が見えたりと、同じところを往復しているのに乗っていて飽きない。他の乗客のわーきゃー言う声も聞こえた。隣の席からは成田の声も聞こえる。ジェットコースターのように動きが予想できないわけではないから余裕がある。自然と「おお、すげえ」などとつぶやいていた。座席が水平の高さを超えたときには怖いと思ったが、どうしようもないというほどでもなかった。安全バーがあるおかげで安心してそのスリルを楽しむことができた。

39以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/08(日) 20:20:44.99 ID:7K8h533b

 やがて振れ幅が小さくなっていく。自分でも意外なほど「神の対義語」を楽しんでいたが、そろそろ終わりらしい。名残惜しく思いながら揺られているうちに座席の揺れ方が小さくなり、やがて止まった。「安全バーを上げて、ゆっくりとお降りください」というスタッフの声にしたがい、席から降りる。少しふらふらしたが気分は悪くなかった。
「結構楽しかったね」と成田が声をかけてくる。彼女も「神の対義語」を満喫したらしく、満面の笑みを浮かべていた。

「おおそうだな」自然と顔がほころんだ。ジェットコースターの時に比べたら全然余裕があった。

 二人で並んで乗り場の脇の方に行き、除けてあった靴を履いてロッカーの荷物を取りに行く。

40以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/08(日) 20:27:31.62 ID:7K8h533b

 「神の対義語」の乗り場から出て二人で感想を言いながらどこへ向かうともなく歩いていると、ネプランドの常設ステージの近くに来た。このステージでは、有名なタレントや歌手などが来てイベントを開催したり、他にもこどもの日やクリスマスなどには、ネプランドのマスコットたちがちょっとした劇を披露することもある。今日も何かやっているらしく、ステージの前にはかなりの人だかりができていた。

「今日なんかあるのかな?」と言うと、横で成田が「さあ。なんだろう」と答えた。ステージの上には誰もおらず、どうやら人だかりは何かを待っているようだ。

「とりあえず行ってみるか」とステージの方に足を向ける。近づいてみると、人だかりの少し手前に看板が置いてあった。それによると、今日はここで歌手の倖田來未がゲリラライブを行うらしい。

「え、倖田來未だって!今日来てるんだ!見て行こうよ」成田が言う。

「そうだな。最近テレビで見ないと思ったらこんなことしてたのか」特別彼女のファンではないが、生で歌が聞けるのであれば聞いてみたい。

 人だかりの後ろの隅の方に場所を取った。ここからでもステージは見渡せる。人だかりは期待でざわざわとしていた。

「それにしてもなんでこんな田舎の町に来たんだろうね」いかにも不思議といった口調で成田が言う。

「まあ人気あるだろうし、都会でゲリラライブなんてできないんじゃないか。いろいろ面倒なことになりそうだし」たぶん人の多い街中で突然こんなことをしたら今以上の人だかりができるだろう。そうなれば他の通行人の迷惑になるし、最悪の場合警察沙汰になりかねない。

41以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/08(日) 20:35:34.24 ID:7K8h533b

 倖田來未はいつ来るのかとステージを見つめながら待つ。そのまましばらく立っていると、突然ステージの横から倖田來未がマイクを片手に小走りで出てきた。同時に人だかりが大きくどよめく。彼女はステージの中央に立つと、マイクを構えてもう一方の手を大きく上げ

「みんなー!倖田來未がネプランドに帰ってきたでー!」

 と言った。それに答えるようにステージの前の観客も「おおおおお!」と歓声を上げる。成田も「わあすごい!本物だ本物だ!」と言っている。観客の歓声に満足したように倖田來未は満面の笑みを浮かべ

「もうネプランドってウチの故郷やねん!そんなワケで今日も盛り上がってくんでヨロシク!ネプランドFuu↑!」

 と声を張り上げる。観客の歓声は先ほどよりも大きくなり、倖田來未に続けて「Fuu!」と答える。ステージ上の本人は興奮して落ち着かないのか、しばらくステージの中央あたりをうろうろ歩いていたが、やがて観客の方を向いて立ち止まった。そして大きく息を吸い

「そろそろ時間やでー!また会おうなー!」

 と言った。一瞬、時間が止まったのかと思った。観客は今度は誰も声を上げない。間の抜けたような沈黙が辺りを包んだ。初夏の陽射しがやけにまぶしく感じる。倖田來未は相変わらず満面の笑みをこちらに向けたまま、手を振りながらゆっくりステージの横に消えていった。

42以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/08(日) 20:40:54.38 ID:60JG+JAA

後でまとめて読むから落とすな

43以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/08(日) 20:43:18.52 ID:7K8h533b

 観客は誰も動かない。まるでそうしていれば倖田來未が再びステージに戻ってくるとみんなが信じているかのようだ。しかしいくら待っても彼女は戻ってこない。それどころかスタッフがステージの上にやってきて、マイクスタンドを片付けてしまった。観客は徐々に声を取り戻していく。「どういうこと?」「もしかして終わった?」「歌ってないじゃん」というささやきが周りから聞こえてくる。なかには観衆から抜け出して、次のアトラクションに向かう人もいる。

 「え、えーと?」戸惑った様子で成田が言った。どうやら彼女も動揺しているらしい。成田はこちらを見て「どうなってんの?」と聞いてきた。

「たぶん……終わったんじゃないか?マイクスタンド片付けちゃったし」と答えると
「やっぱりそうだよね」とつぶやいた。

「とりあえずどっか行くか」と言うと

「うん」とだけ答える。

 混乱に陥っている人だかりに背を向け、とりあえずその場から離れた。常設ステージから離れてからもしばらく歩いたが、二人とも何も言わなかった。あのゲリラライブは一体何だったのか。あまりにも衝撃的だったので言葉が出てこない。それは成田も同様らしく、黙って歩いていた。
あてもなく歩いていると、ふいに成田が

「さっきのなんだったんだろうね」と言った。それは俺もさっきから考えているが、答えは見つからない。仕方がないから

「なんだったんだろうな」と返す。「もしかしたら倖田來未って全国回ってああいうことしてんじゃないのか」と付け足すと、成田はふふっと笑って

「そんなまさか」と言った。

44以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/08(日) 20:50:43.07 ID:7K8h533b

 倖田來未のゲリラライブの衝撃を引きずりながら歩いていると、成田が突然「あ!」と声を上げた。思わず成田の向いている方向に目をやると、人が3,4人は乗れそうな大きなコーヒーカップがいくつも置いてあるアトラクションがあった。コーヒーカップがどうしたのかと見ていると、成田が

「ちょっとあそこの喫茶店に寄って行こうよ」と言った。

 目線を少しずらすと、コーヒーカップから少し離れたところに建物がある。成田はその建物を見ていたらしい。あの喫茶店は俺も子供のころ何度か入ったことがある。午前中に読んでいた雑誌でも、ネプランド内のおすすめの休憩場所として紹介されていた。なんでも季節が変わるごとに新しいメニューが追加されるらしい。

「喫茶店?」と言うと

「そう。ここの新しいパンケーキがおいしいんだって」と答えた。

 時計を見ると、おやつの時間には少し遅いくらいだった。だが、そのくらいの方が店内が空いているだろうから調度いいかもしれない。

「じゃあ休憩がてら寄るか」と喫茶店に足を向ける。店内に入ると、窓際の席に案内された。

 ウェイターがやって来て水を置いて戻っていった。テーブルの上にメニューを開いてめくる。この喫茶店には軽食からちゃんとした食事までいろいろな料理がある。

「あ、これだ」デザートのページを見て成田が言った。「ネプランド特製ケーキ」という文字の下に、ホイップクリームやら果物やらが乗ったパンケーキの写真があった。

「私これにする。須藤は?」

 ざっとメニューを見たが特に食べたいと思ったものはなかった。あまり空腹を感じていない。

「俺はコーヒーでいいや」

「じゃあ決まりね」と言うと、成田はテーブルに置いてある店員を呼ぶボタンを押した。ほどなくしてウェイターがやってきて、注文を聞いてから再び厨房の方へ戻っていった。

45以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/08(日) 20:57:35.57 ID:7K8h533b

 しばらく待っていると、さっき注文を聞いていったウェイターがコーヒーとパンケーキを持って来た。それぞれ運ばれたものを受けとる。成田のパンケーキは掌よりふたまわりも大きい皿に乗っていた。彼女がフォークとナイフでケーキを切り始めたのを見ながら、俺はスティックシュガーを一本コーヒーに入れた。

 それぞれ食べ物や飲み物を口に運びながら会話をしていると、話は自然と学校生活へと向かう。先生への評価や部活の話などしていると、ふと成田が話題を変えた。

「ところで前から思ってたんだけど」パンケーキを切りながら成田が言った。

「なに」

「須藤の名前ってなんていうか……変わってるよね」

 根久夫という名前は確かに他には聞かない。自分でも珍しい名前だと思う。

「そうだな。俺も昔そう思って、親父になんでこんな名前にしたのか聞いたことがある」スプーンでコーヒーをかき混ぜながら言う。

「なんて言ってたの」手を止めて成田が聞いてきた。

「なんでも『長く根気強い男であれ』っていう意味らしい」

「へえ。いい名前だね」

「まあな。でも、俺は本当はそういう意味じゃないと思ってる」何気なく手を止める。

「どういうこと?」

「ネクターってあるだろ。あの甘ったるいジュース。俺の親父あれが好きなんだよ。毎日仕事の帰りに買ってくるくらい」

「ふうん?」ぴんと来ないというように成田は息を漏らした。

46以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/08(日) 21:03:34.09 ID:7K8h533b

「尋常じゃないんだよな、ネクターに対する欲求が。俺の親父さ、結構まじめで物静かなんだよ。家じゃほとんど話さなくて、俺や母さんの話に笑いながら相槌を打つだけ。そういう性格なんだ」

「そうなの」

「前にさ、親父が仕事休みだった日にネクターを買ってくるよう言われたことがあったんだよ。その日は朝からひどい天気で、とても外に出る気にならないような日だった」

 彼女はナイフとフォークを持ったまま黙って聞いている。

「俺断ったんだよ。こんな日に外なんか出たくないって。ネクターなんか一日くらい我慢しろって言ったんだ」

「うん」

「そしたらあいつ滅茶苦茶に怒ってさ。壁を殴るわ腕時計を投げつけるわで大暴れしたんだよ」

「え」思わず声が出たといった様子で成田がつぶやいた。俺は軽くうなずいて続けた。

「俺は買いに行くからって言って親父をなだめた。そしたら親父はいつも通り物静かな親父になったよ。ジュース代も500円くれてさ、お釣りは返さなくていいって。俺は親父の変わりようにびっくりしてたし、外はひどい土砂降りだったけど仕方なく買いに行ったんだ」

「そんなにネクターが好きなんだ」

「異常だろ?母さんによると昔からそうらしい。それである日思ったんだ。俺の根久夫って名前はネクターからきてるんじゃないかって」

「なるほど」成田は神妙な顔をしている。

「それで、親父に聞いてみたんだ」

「お父さん、なんて言ったの?」

47以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/08(日) 21:08:15.53 ID:7K8h533b

「あのときの親父もちょっと様子がおかしかったな」コーヒーを飲みながら思い出す。「何だったかな。たしか親父は『そんなわけないだろう。正直なところ俺はあのネタがあまり好きじゃないんだ。だってネクストはXなのにネクターはCじゃないか。あれは間違ってる』とか言ってたな」

「なにそれ」成田は首を傾げた。

「わからない。その後も事あるごとに聞いてみたけど、親父の答えは一緒だった」カップをテーブルに置く。いつもは静かな父が、ネクターのことになると人が変わったように饒舌になる。息子から見ても不思議なことだった。

「須藤のお父さんって変わってるね」再びパンケーキにナイフを入れながら成田が言った。「まあ須藤もたまに変なこと言うけど」

「俺がいつ変なこと言ったんだよ」思い当たる節がないので素直に尋ねる。

「兼六園とか神様の対義語がどうとか言ってたじゃん」さらっと彼女は答える。「先週だって、いきなりネプランドに誘ってくるし」

 最後の言葉に気が動転した。「い、いやあれは……」なにか説明しなければいけないのではないかと感じ、口を動かす。しかし、俺が言葉を発する前に成田は

「まあネプランド好きだからいいけど」と言った。その言葉にどう返せばいいのかわからず、つい黙ってしまう。彼女は何もなかったかのよう食事を続けている。ネプランドに誘われたことを成田が悪く思っていないということに、今更になって安心する。ふいに訪れた沈黙を誤魔化すため、俺は再びコーヒーカップに手を伸ばした。

48以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/08(日) 21:16:25.43 ID:7K8h533b

 成田がパンケーキを食べ終わった後も、しばらくふたりで話をしていた。その会話のなかで、自然と次は喫茶店の窓から見えるコーヒーカップのアトラクションに乗ることになった。話が一段落したところで、喫茶店から出ることにした。席から立とうと椅子を動かすと、伝票を見ていた成田が声をあげた。

「あれ?」

「どうした?」席から立ちあがりながら尋ねると

「こんなにするの……」と呆けたように言って伝票をこちらに突き出した。

 見てみると、コーヒーが600円、パンケーキが1560円となっている。

「パンケーキってこんな高いのか」とつぶやくと

「たいてい1000円前後なのに」と少し不満げに口を尖らせている。

「値段見てなかったのか」

「あー、ちゃんと見てなかった」

「こういう店って少し値段高めだよな。なんというか、ご愁傷さまです」軽く頭を下げる。

「高めって言ってもさあ……」食べ終わった皿を眺めながら成田がつぶやく。ほんの少し前までそこにあったパンケーキを思い出しているのかもしれない。あのパンケーキになんのためらいもなく1560円払えるのであれば、高校生としては勝ち組に属するのかもしれないが……

「1560円ってどうなの?」

 どうなんだ?

49以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/09(月) 00:20:24.55 ID:MO3kp2TR

   勝ち組だ

50以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/09(月) 20:10:35.43 ID:AA+lQcYc

 会計を済ませてから店を出る。成田は思わぬ出費をしたためか、少し元気がないようだった。喫茶店の側にあるコーヒーカップのアトラクションへ足を向ける。

 「NICO NICO CUP」という名前のそのアトラクションは、ネプランドの創立以来、多くの人に親しまれてきた。人が乗れるサイズのコーヒーカップが、回転しながら円運動をするというアトラクションだ。カップの回転速度は、カップ中央にあるハンドルを回すことで調節することができる。

 コーヒーカップは子連れや学生の集団でにぎわっていた。よく見ると、初老と思われる人もいる。彼らに混じってカップのひとつに乗った。せまいカップに乗ると、どうしても成田との距離を意識してしまう。ハンドルひとつ離れた距離というのは結構近い。膝が当たりはしないかと足が落ち着かない。そうこうしているうちにカップが回りだした。成田がハンドルを握る。

 ゆるやかな音楽が流れ、その場全体がどことなく牧歌的な雰囲気になる。カップはゆっくり円運動をしている。他のカップから子供のはしゃぐ声が聞こえた。

「コーヒーカップってやっぱこうだよね」ハンドルを緩やかに回しながら成田が言った。彼女は他のカップの様子を見たりしながら楽しんでいるようだった。

「平和な乗り物だよなこれ」なにかと刺激が強いアトラクションがあるなかで、コーヒーカップは貴重とも言えるだろう。

「でももう少しスリルがあってもいいかも」

 彼女はいたずらっぽく言うと「よーしいっぱい回すぞー」となにやら気合いを入れた。ハンドルをぎゅっと握ると、勢いよくハンドルを回し始めた。すると、カップの回転速度が急激に上がる。周りの景色が不鮮明になり、思わずカップのふちに掴まる。

「ちょ、ちょっと待って」遠心力で体が外側に引っ張られる。おかしい。コーヒーカップとはもっとほのぼのとしたものではなかったか。

 だが、俺が声をかけても成田はハンドルを緩めようとしない。きゃーきゃー言いながら忙しなく手を動かしている。このままではアトラクションが止まるまで体がもちそうにないが、どうしようもない。覚悟を決め、腹に力をいれてやり過ごすことにした。

51以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/09(月) 20:16:34.28 ID:AA+lQcYc

 カップが止まったのは5分ほどたったあとだった。くらくらする頭を押さえながらカップから降りる。若干気持ちが悪い。さすがに文句のひとつでも言おうかと成田を見ると、彼女もまた足元がおぼつかないようだった。顔色も良くない。見るからに調子が悪そうだ。もしかして今ので酔ったのではないだろうか。

「大丈夫か?」まさかと思いながら訊ねると

「ん、まあ」と顔を少しうつ向かせて答える。

 声にいつもの快活さがない。どこへ向かうつもりなのか、彼女は俺を置いて歩いていった。だがどうも足取りが危なっかしい。右へ左へふらふらしている。急いで成田に追い付き

「どっか座るか?」と聞くと彼女は立ち止まって

「うん」とだけ答えた。

 だが周りにベンチはないようだ。

「ちょっと歩かないといけないけど」

 そう声をかけると、成田は再びそろそろと歩き出す。彼女の先を歩き、誘導するようにして座れる場所がないか探すことにした。

 必要なときに限ってベンチがなかなか見つからない。しばらく歩いているうちに、いつの間にか開けた場所に来ていた。周りには人がおらず、遠くの方に連れだって歩く学生たちが見えるだけだった。

 広場の隅の方に植え込みがある。根本のあたりが段差になっており、そこが座るのにちょうど良さそうだ。

「あそこまで歩けるか?」言いながら成田の方を向く。彼女はまだ調子が悪そうだった。

52以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/09(月) 20:23:42.63 ID:AA+lQcYc

「大丈夫」と答えたので植え込みの方まで歩く。植え込みまであと一歩くらいの距離に来たところで成田が声をかけてきた。

「ねえ須藤」

 依然その声は弱々しい。振り向くと彼女は俺のすぐ後ろにいた。彼女は顔を下に向けたまま体をふらふら小さく揺らしている。

「呼んだか?」と聞くと、成田は何事かつぶやいた。しかし、あまりに小さい声なので聞こえない。「なんて言ったんだ?」

 成田に顔を近づけてその声を聞き取ろうとすると、ふいに彼女がその体を寄せてきた。そのまま俺に寄りかかるように体重を預ける。突如感じた彼女の体重は驚くほどに軽かった。

 彼女を抱き止めるかたちになってしまい、急激に頭に熱が上がる。ふわりと甘い香りがした。シャンプーの香りだろうか。それから彼女の息づかいが聞こえた。呼吸が浅くなっているのがわかる。温かくほっそりとした体は、力を入れれば壊れてしまうのではないかと思うほど弱々しかった。

「ど、どうした。なにやってんだ」慌てて問いかけると成田は今度は聞き取れるくらいの声で

「吐きそう」と言った。

 その言葉に頭の混乱が一気に引いていく。彼女は両腕の中で、その頭を俺の胸にもたれかけていた。これから彼女が何をするのか、変に冷静な頭で悟る。だがどうすればいいのかわからなかった。

「ちょっ、待て」

 俺が大声で言うと、成田は素早く身を引き、植え込みの上にかがみこんだ。その直後、彼女の口から何かが溢れだした。

53以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/09(月) 20:31:00.24 ID:AA+lQcYc

 その後の成田は悲惨だった。胃の中のものを出した後もしばらく動くことができず、その場で膝をついて立っていた。ようやく顔を上げたと思ったら、彼女の目は涙で溢れんばかりになっていた。幸い、服を汚したわけではないようだが、彼女はそんなことに気を配る余裕もなかったようだ。

 成田が歩ける状態になったところで、改めて座る場所を探す。探している間、成田は俺のすぐ後ろを歩き、泣きそうな声で「みんなには言わないで」とうわ言のように繰り返していた。

 歩き回っているうちにトイレを見つけた。成田はトイレの水道で口をすすいだ。さらに歩いたところにベンチがあった。そこに成田と二人で座る。周りには人が数人いた。

「みんなには言わないでね」横で成田が念を押すようにつぶやいた。

 もちろん言うはずがない。華の女子高生がコーヒーカップにはしゃいで酔ったあげく嘔吐した、なんてとてもじゃないが口に出すことはできない。なにが悲しくてそんなことを言いふらす必要があるのか。

 成田はまさに放心状態だった。よほどショックを受けたようだ。具合が悪いのか、彼女はしばらく口を閉ざしていた。

54以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/09(月) 20:35:29.66 ID:NbC+hbwn

読んでるぞー

55以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/09(月) 20:37:31.77 ID:opdsbCBt

改行してくれないときつい

56以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/09(月) 20:38:13.51 ID:AA+lQcYc

 どれくらいそのベンチに座っていただろうか。二人で黙って座っている間に、陽が傾きだした。園内がうっすらと赤みを帯びる。雲一つない空が、徐々に赤色に染まっていく。まるで赤の絵の具を何度も何度も塗り重ねているかのようだ。今日一日の疲れがすっと抜けていくように感じた。最後に夕焼けを見たのはいつだったろうか。空を見上げるということを、最近はすっかり忘れていた。横では成田が同じように顔を上げ、何も言わずに空を見つめていた。

 やがて周りにいた人たちが帰り始めた。楽しげに笑いあいながら出口の方に歩いていく。この時間になると、これから別のアトラクションに向かうのは難しいだろう。そう思いながら成田に声をかける。

「大丈夫か」

「うん」と彼女は答えた。さきほどよりは声に力がある。

「だいぶ疲れたし、今日はもう帰るか」と言うと

「そうだね」とだけ返す。

 そんな会話をした後も、ふたりは動かなかった。このまま夕焼けを見ているのも悪くないと思った。ふと成田が言った。

「今日は楽しかったなあ」

 ひとりごとのようなその口調に、俺は思わず口をつぐむ。彼女は後に続けて

「また来たいな」とつぶやいた。静かに微笑む彼女の頬は、ほんのり夕日に染まっていた。

57以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/09(月) 20:44:37.32 ID:AA+lQcYc

 成田も落ち着いたようなのでベンチから立ち上がり、出口を目指して園内を横切る。ネプランドの出口は入場ゲートのすぐ脇にある。出口に近づくにつれ、同じようにネプランドから出ようとする客が見え始める。彼らと同じ方向に歩いていると、ネプランドの出口が見えてきた。

「明日は月曜日かぁ」と彼女は言った。またいつもの一週間が始まる。そのことを憂いているかのような声だった。

「面倒だな」と答える。

 ネプランドの外に出たところでどちらともなく立ち止まる。成田とはここで別れることになる。

「じゃあ、また学校でね」柔らかく笑って彼女は言った。

「また明日な」

 俺がそう言うと、成田は片手をひらひら振り、くるりと背を向けて歩きだした。しばしの間その後ろ姿を見送っていたが、やがて俺も駅に向けて歩きだした。

 駅のホームに入り、電車が来るのを待つ。近くには、同じようにネプランドで遊んだのだろう子連れがいた。子供はすっかり疲れたようで、父親に抱かれて眠っていた。遊び疲れたその顔はとても安らかだった。明日もこの子は元気に遊ぶのだろう。

 電車がやって来た。3両目の前方に乗る。反対側のドアの脇にもたれかかって車内を見回す。乗客はそこそこ多いが、静かだった。やがて電車が動き出した。気だるげな乗客たちを乗せて、電車はネプランドに来たときと反対の方向に進んでいく。

 電車に揺られながら、また学校で、と言った成田の姿を思い出す。どうしようもなく心が浮き立つのを感じた。感情が顔に出そうになるのをなんとか抑え、窓の外をみる。さっきよりもさらに濃い赤をたたえた夕焼けが広がっていた。



58以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/09(月) 20:51:39.80 ID:NbC+hbwn

文才あるって羨ましいな
おもしろかったよ

59以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/09(月) 20:55:25.94 ID:RIJzAho4

いつか読むから誰か一週間に一回くらい保守しといて

60以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/09(月) 23:08:39.40 ID:MO3kp2TR

乙!成田可愛いな


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