物語とか書いてみる ID:AA+lQcYc

50以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/09(月) 20:10:35.43 ID:AA+lQcYc

 会計を済ませてから店を出る。成田は思わぬ出費をしたためか、少し元気がないようだった。喫茶店の側にあるコーヒーカップのアトラクションへ足を向ける。

 「NICO NICO CUP」という名前のそのアトラクションは、ネプランドの創立以来、多くの人に親しまれてきた。人が乗れるサイズのコーヒーカップが、回転しながら円運動をするというアトラクションだ。カップの回転速度は、カップ中央にあるハンドルを回すことで調節することができる。

 コーヒーカップは子連れや学生の集団でにぎわっていた。よく見ると、初老と思われる人もいる。彼らに混じってカップのひとつに乗った。せまいカップに乗ると、どうしても成田との距離を意識してしまう。ハンドルひとつ離れた距離というのは結構近い。膝が当たりはしないかと足が落ち着かない。そうこうしているうちにカップが回りだした。成田がハンドルを握る。

 ゆるやかな音楽が流れ、その場全体がどことなく牧歌的な雰囲気になる。カップはゆっくり円運動をしている。他のカップから子供のはしゃぐ声が聞こえた。

「コーヒーカップってやっぱこうだよね」ハンドルを緩やかに回しながら成田が言った。彼女は他のカップの様子を見たりしながら楽しんでいるようだった。

「平和な乗り物だよなこれ」なにかと刺激が強いアトラクションがあるなかで、コーヒーカップは貴重とも言えるだろう。

「でももう少しスリルがあってもいいかも」

 彼女はいたずらっぽく言うと「よーしいっぱい回すぞー」となにやら気合いを入れた。ハンドルをぎゅっと握ると、勢いよくハンドルを回し始めた。すると、カップの回転速度が急激に上がる。周りの景色が不鮮明になり、思わずカップのふちに掴まる。

「ちょ、ちょっと待って」遠心力で体が外側に引っ張られる。おかしい。コーヒーカップとはもっとほのぼのとしたものではなかったか。

 だが、俺が声をかけても成田はハンドルを緩めようとしない。きゃーきゃー言いながら忙しなく手を動かしている。このままではアトラクションが止まるまで体がもちそうにないが、どうしようもない。覚悟を決め、腹に力をいれてやり過ごすことにした。

51以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/09(月) 20:16:34.28 ID:AA+lQcYc

 カップが止まったのは5分ほどたったあとだった。くらくらする頭を押さえながらカップから降りる。若干気持ちが悪い。さすがに文句のひとつでも言おうかと成田を見ると、彼女もまた足元がおぼつかないようだった。顔色も良くない。見るからに調子が悪そうだ。もしかして今ので酔ったのではないだろうか。

「大丈夫か?」まさかと思いながら訊ねると

「ん、まあ」と顔を少しうつ向かせて答える。

 声にいつもの快活さがない。どこへ向かうつもりなのか、彼女は俺を置いて歩いていった。だがどうも足取りが危なっかしい。右へ左へふらふらしている。急いで成田に追い付き

「どっか座るか?」と聞くと彼女は立ち止まって

「うん」とだけ答えた。

 だが周りにベンチはないようだ。

「ちょっと歩かないといけないけど」

 そう声をかけると、成田は再びそろそろと歩き出す。彼女の先を歩き、誘導するようにして座れる場所がないか探すことにした。

 必要なときに限ってベンチがなかなか見つからない。しばらく歩いているうちに、いつの間にか開けた場所に来ていた。周りには人がおらず、遠くの方に連れだって歩く学生たちが見えるだけだった。

 広場の隅の方に植え込みがある。根本のあたりが段差になっており、そこが座るのにちょうど良さそうだ。

「あそこまで歩けるか?」言いながら成田の方を向く。彼女はまだ調子が悪そうだった。

52以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/09(月) 20:23:42.63 ID:AA+lQcYc

「大丈夫」と答えたので植え込みの方まで歩く。植え込みまであと一歩くらいの距離に来たところで成田が声をかけてきた。

「ねえ須藤」

 依然その声は弱々しい。振り向くと彼女は俺のすぐ後ろにいた。彼女は顔を下に向けたまま体をふらふら小さく揺らしている。

「呼んだか?」と聞くと、成田は何事かつぶやいた。しかし、あまりに小さい声なので聞こえない。「なんて言ったんだ?」

 成田に顔を近づけてその声を聞き取ろうとすると、ふいに彼女がその体を寄せてきた。そのまま俺に寄りかかるように体重を預ける。突如感じた彼女の体重は驚くほどに軽かった。

 彼女を抱き止めるかたちになってしまい、急激に頭に熱が上がる。ふわりと甘い香りがした。シャンプーの香りだろうか。それから彼女の息づかいが聞こえた。呼吸が浅くなっているのがわかる。温かくほっそりとした体は、力を入れれば壊れてしまうのではないかと思うほど弱々しかった。

「ど、どうした。なにやってんだ」慌てて問いかけると成田は今度は聞き取れるくらいの声で

「吐きそう」と言った。

 その言葉に頭の混乱が一気に引いていく。彼女は両腕の中で、その頭を俺の胸にもたれかけていた。これから彼女が何をするのか、変に冷静な頭で悟る。だがどうすればいいのかわからなかった。

「ちょっ、待て」

 俺が大声で言うと、成田は素早く身を引き、植え込みの上にかがみこんだ。その直後、彼女の口から何かが溢れだした。

53以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/09(月) 20:31:00.24 ID:AA+lQcYc

 その後の成田は悲惨だった。胃の中のものを出した後もしばらく動くことができず、その場で膝をついて立っていた。ようやく顔を上げたと思ったら、彼女の目は涙で溢れんばかりになっていた。幸い、服を汚したわけではないようだが、彼女はそんなことに気を配る余裕もなかったようだ。

 成田が歩ける状態になったところで、改めて座る場所を探す。探している間、成田は俺のすぐ後ろを歩き、泣きそうな声で「みんなには言わないで」とうわ言のように繰り返していた。

 歩き回っているうちにトイレを見つけた。成田はトイレの水道で口をすすいだ。さらに歩いたところにベンチがあった。そこに成田と二人で座る。周りには人が数人いた。

「みんなには言わないでね」横で成田が念を押すようにつぶやいた。

 もちろん言うはずがない。華の女子高生がコーヒーカップにはしゃいで酔ったあげく嘔吐した、なんてとてもじゃないが口に出すことはできない。なにが悲しくてそんなことを言いふらす必要があるのか。

 成田はまさに放心状態だった。よほどショックを受けたようだ。具合が悪いのか、彼女はしばらく口を閉ざしていた。

56以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/09(月) 20:38:13.51 ID:AA+lQcYc

 どれくらいそのベンチに座っていただろうか。二人で黙って座っている間に、陽が傾きだした。園内がうっすらと赤みを帯びる。雲一つない空が、徐々に赤色に染まっていく。まるで赤の絵の具を何度も何度も塗り重ねているかのようだ。今日一日の疲れがすっと抜けていくように感じた。最後に夕焼けを見たのはいつだったろうか。空を見上げるということを、最近はすっかり忘れていた。横では成田が同じように顔を上げ、何も言わずに空を見つめていた。

 やがて周りにいた人たちが帰り始めた。楽しげに笑いあいながら出口の方に歩いていく。この時間になると、これから別のアトラクションに向かうのは難しいだろう。そう思いながら成田に声をかける。

「大丈夫か」

「うん」と彼女は答えた。さきほどよりは声に力がある。

「だいぶ疲れたし、今日はもう帰るか」と言うと

「そうだね」とだけ返す。

 そんな会話をした後も、ふたりは動かなかった。このまま夕焼けを見ているのも悪くないと思った。ふと成田が言った。

「今日は楽しかったなあ」

 ひとりごとのようなその口調に、俺は思わず口をつぐむ。彼女は後に続けて

「また来たいな」とつぶやいた。静かに微笑む彼女の頬は、ほんのり夕日に染まっていた。

57以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2017/01/09(月) 20:44:37.32 ID:AA+lQcYc

 成田も落ち着いたようなのでベンチから立ち上がり、出口を目指して園内を横切る。ネプランドの出口は入場ゲートのすぐ脇にある。出口に近づくにつれ、同じようにネプランドから出ようとする客が見え始める。彼らと同じ方向に歩いていると、ネプランドの出口が見えてきた。

「明日は月曜日かぁ」と彼女は言った。またいつもの一週間が始まる。そのことを憂いているかのような声だった。

「面倒だな」と答える。

 ネプランドの外に出たところでどちらともなく立ち止まる。成田とはここで別れることになる。

「じゃあ、また学校でね」柔らかく笑って彼女は言った。

「また明日な」

 俺がそう言うと、成田は片手をひらひら振り、くるりと背を向けて歩きだした。しばしの間その後ろ姿を見送っていたが、やがて俺も駅に向けて歩きだした。

 駅のホームに入り、電車が来るのを待つ。近くには、同じようにネプランドで遊んだのだろう子連れがいた。子供はすっかり疲れたようで、父親に抱かれて眠っていた。遊び疲れたその顔はとても安らかだった。明日もこの子は元気に遊ぶのだろう。

 電車がやって来た。3両目の前方に乗る。反対側のドアの脇にもたれかかって車内を見回す。乗客はそこそこ多いが、静かだった。やがて電車が動き出した。気だるげな乗客たちを乗せて、電車はネプランドに来たときと反対の方向に進んでいく。

 電車に揺られながら、また学校で、と言った成田の姿を思い出す。どうしようもなく心が浮き立つのを感じた。感情が顔に出そうになるのをなんとか抑え、窓の外をみる。さっきよりもさらに濃い赤をたたえた夕焼けが広がっていた。




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