「あのときの親父もちょっと様子がおかしかったな」コーヒーを飲みながら思い出す。「何だったかな。たしか親父は『そんなわけないだろう。正直なところ俺はあのネタがあまり好きじゃないんだ。だってネクストはXなのにネクターはCじゃないか。あれは間違ってる』とか言ってたな」
「なにそれ」成田は首を傾げた。
「わからない。その後も事あるごとに聞いてみたけど、親父の答えは一緒だった」カップをテーブルに置く。いつもは静かな父が、ネクターのことになると人が変わったように饒舌になる。息子から見ても不思議なことだった。
「須藤のお父さんって変わってるね」再びパンケーキにナイフを入れながら成田が言った。「まあ須藤もたまに変なこと言うけど」
「俺がいつ変なこと言ったんだよ」思い当たる節がないので素直に尋ねる。
「兼六園とか神様の対義語がどうとか言ってたじゃん」さらっと彼女は答える。「先週だって、いきなりネプランドに誘ってくるし」
最後の言葉に気が動転した。「い、いやあれは……」なにか説明しなければいけないのではないかと感じ、口を動かす。しかし、俺が言葉を発する前に成田は
「まあネプランド好きだからいいけど」と言った。その言葉にどう返せばいいのかわからず、つい黙ってしまう。彼女は何もなかったかのよう食事を続けている。ネプランドに誘われたことを成田が悪く思っていないということに、今更になって安心する。ふいに訪れた沈黙を誤魔化すため、俺は再びコーヒーカップに手を伸ばした。