普段はのそのそと動く根岸は、山下のその言葉を聞いた途端にいきいきとした表情になり、「合点承知!」と勢いよく席を立って、教室の前の方で友人と談笑している成田の下へと小走りで向かった。山下の発言と、根岸のまるで別人のような挙動に一瞬呆気にとられらたものの、俺はすぐさま根岸を追いかけようとした。「お、おい!」
根岸はすでに10歩ほど先におり、「おーい、成田さーん」と手を挙げている。成田が振り向くのと俺が駆け出すのがほとんど同時だった。
「さっき根久夫が言ってたんだけど、来週の日曜日……」
「ちょっと待てぇ!」
寸でのところで後ろから根岸の口を右手で塞ぎ、そのままグイッと引き寄せる。危ないところだった。もがもが言う根岸を席に連れ戻そうと引きずりながら、「なんでもない、なんでもないから」と成田に向かってぶんぶんと左手を振った。彼女は不思議そうな表情でこちらを見ている。その視線に耐えられず、急いで席に戻ろうとしたのだが、根岸は山下からの命令を遂行しようと激しく抵抗しだした。結構な力である。このまま抑え続けるのは無理そうだ、ひとまずこいつには眠ってもらおうとヘッドロックを仕掛けたところでチャイムが鳴り、先生が教室に入ってきた。