ある王国の村の外れに、百姓の男と美しい毛並みの白銀の狐が住んでおりました。
男「松の辻の婆さんから、鶏の卵を別けてもらったよ。食べな」
狐「はぐはぐ」
男「初めて出会ったときは、だいぶん弱っていたが、すっかり元気になってよかった」
男「お前が、ここに住み着いてくれたおかげで、辺りの田畑でネズミやスズメの害が減って助かっているよ」
男「ありがとうな、狐」
狐「…」
男「だが、ネズミが減ったおかげで、お前の食い扶持も減ったんじゃないか?」
男「まあ、多くはないが、出来るだけ飯を別けてやるから、勘弁しておくれ」
狐「くぅん」
2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/05/22(金) 21:29:00.17 ID:a+PCLts7ある日、王国の王子が沢山の家来と賓客を引き連れ、村の外れへ狩りにやってきました。
王子「御一同、今日は存分に狩りを楽しもう」
王子「猟犬を放て!」
「狐を見つけたぞ!」「めずらしい白銀の毛だ!」
王子「なんと、幸先の良い。それ!追い込め!」
猟犬に見つかってしまった狐は、一生懸命に逃げましたが、遂に男の畑の近くにある土手の巣穴まで追い込まれてしまいました。
3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/05/22(金) 21:29:44.94 ID:a+PCLts7ちょうどその時、男が土手まで来ていました。
男は、犬達が狐の巣穴に頭を潜り入れているのを見て驚きました。
男「この野犬共め!何をしていやがる!」
男「この!この!あっちへ行け!」
猟犬「ぎゃいん」
家来「王子の御犬を打ち据えるとは何事か!不届き者め!」
男「何をするだ!」
男は不敬罪で捕らえられ、投獄されてしまいました。
王子は、恥をかいたと狩りを止め、別荘へ引き揚げていきました。
4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/05/22(金) 21:30:29.32 ID:a+PCLts7その日の夜、王子は賓客によいところを見せようと、晩餐会を開きました。
そこへ村の巫女がやってきました。
王子「巫女が踊りを披露するとな?よし、通せ」
巫女「王子様の武勇は、村の幼子でさえ知っております。是非とも踊りを納めたく参上致しました」
「なんと美しい方よ」「すばらしい踊りだ」「都でも、これ程のものは見られないぞ」
巫女の踊りは、王国で一二を争うほど素晴しいものでした。
王子は踊りに気を良くし、更には美しい巫女の気を引くために、気前のよいところを見せようと思いました。
王子「巫女よ、褒美を取らす。何でも望むものを言うがよい」
王子「私が手に入れられない物は無い。何でもよいぞ」
巫女「それでは、隣国の皇子の首をお願い致します」
5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/05/22(金) 21:31:14.42 ID:a+PCLts7大臣「王子、なりません」
参謀「隣国と辺境国がいがみ合っている今、攻め入るには好機」
大臣「なりません。まだ二国共、国力は十分。今は静観すべきです」
王子「大臣、これ以上私に恥をかかせるな」
王子「巫女よ、そなたの願い聞き届けよう」
巫女「ありがたき幸せ」
王子は、皆の手前、後には引けなくなり、大臣らの反対を押しきって隣国との戦争を始めてしまいました。
6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/05/22(金) 21:31:59.54 ID:a+PCLts7巫女は王子の求めに応じ都へ上り、国王らに謁見しました。
巫女の美貌はたちまち都中の噂となりました。
巫女「王妃様に、邪気が憑いております。私が祓ってみせましょう」
王妃「なんということでしょう。長いこと患っていた咳も治まり、肩の凝りもなくなりました」
国王「美しさといい器量といい、王子の妃として王宮に入ってくれぬか」
巫女「もったいなきお言葉。ですが私は神に仕える身。お目通りが叶うだけでも身に余る光栄」
国王「ならば、せめて都に住み、好きな時に王宮にて会うことを許そう。王妃も喜ぶ」
巫女「ありがたき幸せ」
7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/05/22(金) 21:32:44.22 ID:a+PCLts7戦争が始まってから、数年が経ちました。
しかし隣国が衰えることはなく、戦況は悪くなる一方でした。
大臣「功を焦った王子が、とうとう討死してしまった」
大臣「辺境国は挟撃どころか、静観するのみだ。戦争を終える目処は立たない」
大臣「国王も開戦以来、病に伏せっておられる」
大臣「世継は幼い姫様のみ」
大臣「王妃の話し相手だった巫女が、今では王宮を我が物顔で仕切っておる」
大臣「全ては、あの巫女が現れてからだ。忌々しい」
8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/05/22(金) 21:33:29.17 ID:a+PCLts7王国は、戦費と雨不足による不作で財政が苦しくなっていました。
遂には、罪人を処刑して、少しでも支出を減らす事にしました。
牢屋番「他に遣り様はあるだろうに」
牢屋番「…話し相手が居なくなるのは寂しいものだ」
牢屋番「せめてもの手向け。辞世の句を詠むなら、紙と筆を渡そう」
男「私には、そんな学はありません」
男「ですが、紙をください。最期に折り紙を折ろうと思います」
男「早くに亡くなった両親に、教えてもらったんです」
9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/05/22(金) 21:34:15.32 ID:a+PCLts7男の処刑の日、偶然にも巫女が視察に訪れていました。
巫女は男を見るや、駆け出し近付いていきました。
巫女「不愉快な面じゃ」
巫女「見れば見るほど腹立たしい。私がこの手で引導を渡してくれる!」
巫女が短剣を振り上げると、男の懐に仕舞ってあった折り紙が、巫女目掛けて飛び出していきました。
巫女「何をする!やめろ!」
折り紙は巫女の顔の周りを激しく飛び回り、度々突いていきます。
すると、巫女の姿が次第に解け、なんと、人の丈と変わらぬ大きさの美しい黒色の毛並みで尾が二本ある化け狐が姿を現しました。
妖狐「変化の術を破るとは、なんと忌々しい」
妖狐「この国に憑くのも、ここまでか」
突然の出来事に混乱する中、化け狐は素早く逃げていきました。
男は、巫女の正体を暴いた功績により赦免され、村に帰されました。
10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/05/22(金) 21:34:59.28 ID:a+PCLts7男が村に帰ると、村人たちから歓待されました。
男が不思議に思っていると、皆が口々に教えてくれました。
「男さんが捕らえられてしばらくして、近くの村々で鼠の害が増えたの。でも、この村は被害が少なかったの」
「狐のことを酷く馬鹿にしていた者の田畑が、鼠や雀の酷い害にあってたの」
「男の畑だけは、日照続きでも実りがあって、村は飢えずにすんだの」
「男は特に狐様に良くしておったから、狐様の加護も強かったのじゃろう」
「そういえば、あの狐を見かけないねえ」
男「そうだったのですか。皆さん、咎人だった私を受け入れてくれて、ありがとうございます」
男「ですが、私は思うところがあり旅に出ます。大変お世話になりました」
村人たちは、せめてもの餞別にと、男の旅支度といくらかの路銀を渡してあげました。
11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/05/22(金) 21:35:45.10 ID:a+PCLts7その頃、参謀は国王の命を受け、軍を率いて化け狐討伐に向かっておりました。
軍は数度挑みましたが、ことごとく反撃にあい、手酷い負けを繰り返しておりました。
参謀「化け狐の妖術は強力だ。矢や剣は全て逸れ、まるで中らぬ。こちらの被害も大きい」
参謀「どうしたものか」
将校たちが困り果てているところへ、男が訪れました。
男「どうか、私も討伐軍に加えてください。私なら、折り紙の加護もあります。きっとお役に立てるでしょう」
参謀「なるほど、化け狐の術を破った貴様ならば、戦力になるかもしれない」
参謀「最早、身分だのと言っていられぬ。是非、我々と共に来てくれ」
12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/05/22(金) 21:36:30.66 ID:a+PCLts7男は志願して先頭に立ち、進軍していきました。
化け狐は、男を目にすると狂ったように暴れ回りましたが、これまでのような被害は出ませんでした。
参謀「我々には加護が付いている!」
参謀「妖術があろうと中らなければどうということはない。進め!追い込め!」
参謀「崖に追い詰めることが出来たぞ」
参謀「さあ、化け狐。後ろは深い谷。もう逃げることも出来まい」
男「止めは、私が」
男は前に出て、じっと化け狐を見つめました。化け狐もまた、男の眼をじっと見つめ返していました。
男はゆっくりと剣を抜き、構えました。
男「…行くぞ!でやあ!」
「男殿の剣も逸れたぞ」「男殿の加護でも、化け狐は討ち取れぬのか」「もう手立ては無いのか」
男は二度剣を振るいましたが、真っ直ぐな太刀筋にもかかわらず、化け狐を僅かに逸れ中りませんでした。
そして、化け狐だけに聞こえる声で男は言いました。
男「許せ、狐」
男は剣を投げ捨て、化け狐に飛びついて組み付き、そのまま取っ組み合い、遂には化け狐と共に谷に落ちてしまいました。
13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/05/22(金) 21:37:15.42 ID:a+PCLts7討伐軍は、男の安否と化け狐の生死を確かめる為、谷を下り探索しました。
参謀「何か見つかったか」
部下「少し下流の滝壺の瀬に、このようなものが」
参謀「折り紙と化け狐の尾か。呪術師よ、どう見る?」
呪術師「折り紙からは全く魔力の類は感じられませんが、尾には膨大な妖力が宿っております」
呪術師「化け狐の類は、歳と共に尾に妖力を蓄えると言われております」
呪術師「おそらく、化け狐は妖力の多くを失い、ほとんど獣と変わらなくなっているかと」
参謀「なるほど。あの深い滝壺に落ちては、奴とて無事では済むまい」
参謀「化け狐の尾は持ち帰る。男には悪いが、探索は終わりとする」
14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/05/22(金) 21:38:00.44 ID:a+PCLts7参謀は、化け狐を退治したと国王に報告しました。報告の中に男の名はありませんでした。
化け狐の尾は、王国の宝物庫に納められました。
男の折り紙は、他の身寄りのない戦死者と同じように無縁仏として共同墓地に納められました。
程なくして、隣国との戦況を打破する為、参謀が宝物庫へ化け狐の尾を取りに行きましたが、始めから存在しなかったかのように、尾は跡形も無く消えていました。
結局、王国は隣国に攻め入られ、王家は滅んでしまいました。
その頃、谷川の下流に近い辺境の国に、式神を使役する旅の男が現れたそうですが、彼が狐と共に落ちた男かどうかは、伝わっておりません。
おわり
15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/05/22(金) 21:38:44.45 ID:a+PCLts7語り:市原悦子
出演:常田富士男、市原悦子
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