金魚

最新10レス
1!ken:終戦の魔女-ローレライ-◆S9mloQXxdU:2015/12/20(日) 18:14:05.44 ID:Gde1nM9v

金魚

豊島与志雄

2以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/12/20(日) 18:14:58.61 ID:lTAxAdPf

どうでもいいけどちんこ擦ってくれないか?

3!ken:終戦の魔女-ローレライ-◆S9mloQXxdU:2015/12/20(日) 18:14:59.67 ID:Gde1nM9v

「金魚を見ると、僕はある春の一日のことを思い出して、
いつも変な気持になる、」と云ってSが話したことを、
そのまま三人称に書き下したのが、次の物語りである。

4以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/12/20(日) 18:15:42.52 ID:fqTClE4h

おいしいよね

5!ken:終戦の魔女-ローレライ-◆S9mloQXxdU:2015/12/20(日) 18:17:16.72 ID:Gde1nM9v

 彼は愉快で堪らなかった。何故だか分らなかったが、
心が軽く空中に漂っているような心地だった。愉快という
ものは、うち晴れた空に浮んでる雲のようなものだ、と彼は思った。
 それは美しく晴れた春の日だった。
 朝八時半に眼を覚した。考えてみると、丁度十時間ばかり眠ったらしかった。
暫く床の中でぼんやりした後、起き上ると、頭が常になく爽かだった。

6!ken:終戦の魔女-ローレライ-◆S9mloQXxdU:2015/12/20(日) 18:19:09.76 ID:Gde1nM9v

 朝食を運んで来た女中の右の頬に、
薄すらと黒いものがついていた。
彼はその顔を見つめた。女中は
一寸微笑みかけたが、慌てて
右の袂を飜えして顔を拭いた。
「まだついていますか、」と彼女は尋ねた。
そのきょとんとした眼付が可笑しかった。
 円くもり上って宝石のような光りを持ってる、
小皿の中の鶏卵の黄味に、障子の硝子から射す
朝日の光りが映っていた。

7!ken:終戦の魔女-ローレライ-◆S9mloQXxdU:2015/12/20(日) 18:20:27.48 ID:Gde1nM9v

 食後障子を開け放しながら、
寝転んで煙草をふかしていると、
縁側に小さな蜘蛛の子が、すうっと
あるかないかの糸を垂れて下りてきて、
そのまま何処かへふうわりと風に飛ばされてしまった。
 春の日が照っていた。
「今日は一日何にもしないで暮そう。」と彼は独語した。

8!ken:終戦の魔女-ローレライ-◆S9mloQXxdU:2015/12/20(日) 18:22:26.22 ID:Gde1nM9v

 そのときふと、地方の友人へ書かなければ
ならない手紙があるのを、彼は思い出した。
「落付いてゆっくり手紙も書けない生活ほど惨めなものはない、」
と誰かが言った言葉を、彼は頭に浮べた。
彼は微笑んで手紙を書き出し、用件の次に
つまらないことを長々と書添えた。
 何にもすることがなかった。
 十時頃にその手紙を出しに外へ出た。
 風がなくて暖かだった。桜の花がちっていた。
彼は懐手をしたままぼんやり歩いていた。

9以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/12/20(日) 18:24:15.55 ID:O90MrSLD

年がら年中ハレバレwwwwwww

10!ken:終戦の魔女-ローレライ-◆S9mloQXxdU:2015/12/20(日) 18:24:37.12 ID:Gde1nM9v

 電車通りに出ると、美しく飾り立てた
時計屋の店先が眼に止った。
小形な梨地の金側時計が一つあった。
「いい時計だな、」と彼は思って、窓際に立ち止った。
正札が裏返っていた。番頭が居た。
「その時計はいくらするんです。」と彼は尋ねた。
「これですか、正札より一割位はお引きしますが、如何でございましょう。」
と番頭は答えながら、正札を表返した。三十八円と記してあった。
彼はぼんやりそれを見ていたが、やがてふいと立ち去った。
「あんな安いのは駄目だ、」と思った。

11以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/12/20(日) 18:25:27.47 ID:xz3nAUqY

何がしたいんだよ

12!ken:終戦の魔女-ローレライ-◆S9mloQXxdU:2015/12/20(日) 18:26:50.62 ID:Gde1nM9v

 本屋の店先で雑誌を覗いていると、
小僧が変な眼付でじろじろ見るので、
彼は一寸心を曇らした。
「今日は一日愉快に暮すんだ、御馳走でも食べよう。」
と彼は考えた。
 友人を誘い出すのも億劫だったので、其処に在る
一軒の洋食屋に飛び込んだ。二階には誰も他に客がなかった。

13以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/12/20(日) 18:27:14.70 ID:Z6Dvvp3V

あ!

14!ken:終戦の魔女-ローレライ-◆S9mloQXxdU:2015/12/20(日) 18:28:35.81 ID:Gde1nM9v

 彼は窓際の椅子にゆったりと腰をかけて、
街路の騒音に耳を傾けた。電車の響きがした。
人の足音がした。それらを水の中ででも聞くような心地がした。
室の中は静まり返って、白い天井と白い壁とで余りに明るかった。
長くまたされた後に、皿が漸く運ばれてきた。腹がいい加減に
ふくらんでくると、ふと思い出して、中途から麦酒を一本取った。

15!ken:終戦の魔女-ローレライ-◆S9mloQXxdU:2015/12/20(日) 18:31:06.48 ID:Gde1nM9v

 食事がすむと、妙にぼんやりしてしまった。
「暫く此処に居てもいいだろう、」
と彼は云った。「はあどうぞ、」と給仕は
慌てたように答えながら、片方の眉尻を下げ
口を少し歪めて、変な顔をした。彼は可笑しくなった。
笑を押えて眼を円くしながら、彼はも一脚の椅子の上に
足を投げ出した。見ると、向うの卓子の上の大きな硝子鉢に、
金魚が四五匹はいっていた。馬鹿に大きな
鰭と尾とを動かして悠長に泳いでいた。
彼は立ち上って覗きに行った。上から覗き込むと、
小さな嫌な金魚だった。横から硝子越しに見ると、
大きな立派なものになった。彼は感心した、
自分も金魚を飼って見たくなった。急いで給仕を呼んで勘定を済した。

16!ken:終戦の魔女-ローレライ-◆S9mloQXxdU:2015/12/20(日) 18:32:27.26 ID:Gde1nM9v

 表に出て、金魚屋がありそうな方向へ
歩いていると、その先の停留場で、先輩の
木川に出逢った。彼はいきなり声をかけた。
「やあ、この頃いかがです。」
「え?」と木川は澄した顔で見返した。
「君この辺に金魚屋は知りませんか。」
「知りませんね。」
「何処かにあるでしょうね。」
 その時電車が来た。「失敬、」
と云い捨てて木川はそれに乗った。

17!ken:終戦の魔女-ローレライ-◆S9mloQXxdU:2015/12/20(日) 18:34:03.80 ID:Gde1nM9v

 彼はぼんやりその後姿を見送った。
その時、自分が口に楊枝をくわえて
いるのに気付いた。楊枝を口にくわえて
ぞんざいな口調で先輩に金魚屋を尋ねてる
自分の姿が、頭に浮んだ。「木川は怒ってるかな、」
と彼は考えた。取り返しのつかないことをしたような気がした。
妙に薄ら寒くなった。
 彼は下宿の方へ帰りかけた。「今日はいい日だ、」
という朝からの気分が頭の隅にこびりついていた。
「こんな気分を無駄にしてはつまらない、」と彼は考え直した。
そして兎に角金魚を買って戻ることにきめた。

18!ken:終戦の魔女-ローレライ-◆S9mloQXxdU:2015/12/20(日) 18:35:42.52 ID:Gde1nM9v

 心当りの方面を歩き廻っていると、
金魚屋が見付かった。狭い木戸を押して
中にはいると、幾つもの池に種々な金魚が
一杯はいっていた。彼は竜金の池に目をつけた。
尾が大きく色がよくて、それが一番立派そうだった。
お上さんを呼んで、「四五匹下さい、」と云った。
 多くの群の中から、望みのものを選り出さなければ
ならなかった。これと目星をつけて、白い鉢の中に
掬い上げて買うと、それより他のものの方が立派なように
思われた。他のを掬い上げて貰うと、更に立派なものが
出てきた。彼は何度も選定を変えた。

19!ken:終戦の魔女-ローレライ-◆S9mloQXxdU:2015/12/20(日) 18:37:26.07 ID:Gde1nM9v

「此処に居るのでお気に召さなければ、」
とお上さんは云った、
「上等のを二三日のうちに取り寄せてあげましょう。
これでも上等の部ですが、お望みではどんなのでもありますから。」
 彼はすっかりまごついてしまった。「これでよござんす、」
と答えながらも、自分の選んだのが一番悪いもののような気がしてきた。
尾が歪んでいたり、赤の工合が面白くなかったりした。
彼は苛々してきた。そしてなお二三度選み直した後に、それで諦めた。

20!ken:終戦の魔女-ローレライ-◆S9mloQXxdU:2015/12/20(日) 18:39:09.79 ID:Gde1nM9v

 容器の問題になって、彼は更に困った。
硝子の容器なら、そしてその家に在る
一番大きな容器でも、二匹が精一杯
だそうだった。彼は折角選んだ五匹の中から、
更に二匹を選まなければならなかった。
 硝子の容器に金魚を二匹入れ、上から新聞紙で包み、
それを紐でぶら下げ、三円七十銭という驚いた価を払って、
金魚屋から出てきた時、彼は陰鬱な気分に閉されてしまっていた。
胸がむしゃくしゃしながら、心が滅入っていた。何のために
金魚を買ったのか分らなくなった。日が西に傾いて、
街路の空気が妙に慌しかった。
彼は渋面をしながら、重い金魚入れを下げて、足を早めた。

21!ken:終戦の魔女-ローレライ-◆S9mloQXxdU:2015/12/20(日) 18:41:20.05 ID:Gde1nM9v

 下宿までは可なり遠かった。電車は込み合っていた。
漸くのことで電車に乗ると、ぎっしり人込みの中に
挟み込まれてしまった。金魚のことが気にかかった。
然しどうにも仕様がなかった。片手で吊革につかまりながら、
片手でやたらに肱を張って、金魚入れをかき抱くようにした。
 無事に下宿の近くの停留場まで来ると、大きな金魚入れを
下げては中々降りられなかった。まごまごしているうちに電車は動き出した。
「下りるよ、下りるよ、」と彼は叫んだ。「降りますか、お早く願います、」
と車掌は云いながら、強く鈴の綱を引いた。電車は急に止った。
ごとんと反動が来た。彼は人並に揺られて、金魚入れを落してしまった。
硝子の容器が壊れた。水がぱっと飛び散った。立込んだ人々は、
驚いて一時に飛び上った。「金魚だ、金魚だ!」という声がした。

22!ken:終戦の魔女-ローレライ-◆S9mloQXxdU:2015/12/20(日) 18:43:47.80 ID:Gde1nM9v

 彼は夢中になった。いきなり身を屈めて、
泥床の上にはね廻っている二匹の金魚を
両手に掴むと、それを振り廻しながら、
むちゃくちゃに人を押し分けて、電車から飛び下りた。
そして馳け出した。後から、叫び声とも
笑い声ともつかない大勢の声が響いてきた。
彼は我を忘れて馳けた。
 下宿の側まで来ると、彼は初めて我に返った。
両手には金魚を握りしめていた。掌にねとねとした
不気味な感触があった。見ると、右手の金魚は腹が裂けて
臓腑が出ていた。彼はぞっとして、金魚の死骸を其処に落した。
金魚は鰭を張って、生きてるかのように立っていた。
彼は嫌な気がした。足先で溝の中に蹴やると、汚い汚水の中に、
臓腑のはみ出た大きな腹だけが、ぽかりと浮き出して見えた。
眼を外らすと、左手にはまだ一匹の金魚を握っていた。

23!ken:終戦の魔女-ローレライ-◆S9mloQXxdU:2015/12/20(日) 18:45:57.06 ID:Gde1nM9v

 彼はそれを力強く溝の中に投げ込んだ。
金魚は沈んだまま出てこなかった。
然し初めの浮いてた奴の方は、どうにも
仕様がなかった。彼は石を拾って投げつけた。
大きな腹がぷかりぷかりと水に揺られて、
向うへ流れて行った。そのうちに彼はたまらなく
嫌な気持になった。
 思い切って立ち去ると、掌が両方共ぬるぬるしていた。
我慢が出来なかった。傍の電柱に掌をなすりつけた。
 彼はぼんやり考え込んだ。
而も何を考えてるのか自分でも知らないで、下宿に帰った。
石鹸で手を洗ってると、先刻の沈んだまま出て来なかった金魚は、
生きてたのではないかしらという気がしてきた。
それを考えると更に堪らない気持になった。

24!ken:終戦の魔女-ローレライ-◆S9mloQXxdU:2015/12/20(日) 18:46:44.71 ID:Gde1nM9v

 彼は室にはいって寝転んだ。着物の裾が水にぬれていた。
生臭い匂いとぬるぬるした感触とが頭について離れなかった。
懐には出し忘れた手紙がはいっていた。
 彼は陰鬱な気分の底に閉されてしまった。

25!ken:終戦の魔女-ローレライ-◆S9mloQXxdU:2015/12/20(日) 18:47:32.51 ID:Gde1nM9v

「僕はあの日のことを考えると、馬鹿々々しいのか
腹立しいのか分からなくなってしまう。
それが僕の愉快なるべき一日だったんだからね。」
そう云ってSは話の口を噤んだ。

26!ken:終戦の魔女-ローレライ-◆S9mloQXxdU:2015/12/20(日) 18:48:16.85 ID:Gde1nM9v

底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社 
   1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2005年12月7日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。
入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

27以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/12/20(日) 19:04:50.08 ID:sfmL9pvm

パイナップルが好きなんだよね


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