_____________
|\(^O^)/| < おはよー
|\⌒⌒⌒ \
\|⌒⌒⌒⌒|
_____________
|\(^O^)/| < おはよー
|\⌒⌒⌒ \
\|⌒⌒⌒⌒|
そのままモグモグと食事を続ける。
病院食は塩っけが無くていけない。
あっという間に食べ終わってしまった。
ふう、と一息食休みを入れる。
娘「......ご馳走さまでした」ボソッ
お粗末様、静寂がそう返してきた。
ふいに読みかけの本を手に取る。
娘「はぁ。カレーが食べたかったなぁ......って、どこまで読んだんだっけ......あ、ここだ」
......
......まるでドレスアップした花嫁のようなその姿に、私の心は嬉々と高鳴った。
まずは一口。......ああ、何十もの香辛料が口内で踊り始める。さながらインド映画のようにスパイス、ライスとが手を取り合う。そこに待ってましたとばかりに参上する猪肉。三人揃えば曲調は三拍子、ワルツへと変わっていった。そう、まさに味のワルツが私の舌を......
......
その時。まさにその時、少女は確信した。
手が頁を巡る度、そして目が活字を追う度に、本の世界に引き事を。
スプーンとお皿のならすカチャカチャとした音、スパイスや福神漬けの香り。口に広がってくるピリリと辛いカラーと、いままで食べたことのないような、少しクセのある肉の味。
先程の味気のない食事など、彼方に忘れてしまうような、透明で純粋な食欲に、少女は芯まで満たされていた。
娘「......な、なにこれ......っ......音が......香りが......味がっ......」ビクッ
いつからか、少女は食事を惰性的に取るようになっていた。
一体いつからだろうか。中学生に上がったとき?いや、小学生の中高学年の頃にはもうそうだったかもしれない。
とにかく、機械的に義務的に、ただ動作として食事をしていた。
特に好き嫌いが激しいわけでもなく、ただ、食事をすると言うことにそこまで関心が無かった。
しかし、今の彼女は耳で、鼻で、舌で、脳で、"食事"を味わっていた。
娘「......す、すごい......」ゼェゼェ
本を閉じても、まだ幾つもの器官が余韻を味わっていた。
娘「......これが、私の病気......なの?」
明らかに普通の状態ではないことは少女が一番承知していた。
そのとき、病室の扉が静かに開いた。
ナース「娘ちゃん、食器を片付けに来たわよ......って、どうしたの?すごい汗じゃない......」
ナースが慌てて駆け寄り、少女の額の汗をぬぐう。
娘「......ううん、大丈夫。......大丈夫です」
まだ荒い息を抑え、切れ切れとそう返す。
ナース「......そう?でも、もし何かあったらちゃんといってね」
娘「......はい。心配かけてすみません......」
ナース「いいえ。......じゃあ、食器持っていくわね」
娘「......はい。ありがとうございます」
ナース「それじゃあね。次くるときは夜中、......まあ、娘ちゃんもう寝ちゃってると思うけど。夜更かししちゃダメよ」
娘「......はい」
そう言い残し、看護師が出ていく。
少女はグルメ小説の表紙をそっと撫でた。
自分はなんて大変な病気になってしまったのだろう。
そんな思いが少女の頭をよぎる。
本を読むだけで、......正確には活字を読むだけで、脳がそれを自らが受けている快楽と錯覚してしまう。
つまり、快楽をシンクロさせてしまうのだ。
活字劇の中の人物と感覚を共有する。
普通に考えれば、夢物語の中の話だ。
......ここで、少女の中に恐ろしい疑問が浮かんだ。
考えるだけでも恐ろしかったが、一度それを考えたら、行動せざるを得なかった。
共有するのは、本当に快楽だけなのか?
ベットの側にあるナイトテーブルの上のメモ帳とペンを手に取り、試しにいくつかの例文を書いてみる。
"私の目の前にはパンがある。"
活字に目を走らせる。......しばらく見つめるが、もやもやとした感覚以外、何も感じはしなかった。
娘「......何がいけないのかな? 」
少し文を変えてみる。
"私の目の前には、よくトーストしたパンがある"
しばらく見つめていると、今度は微かにパンの香りが漂ってきた。
娘「......状況の説明だけじゃだめなんだ」
実験を続ける。
"私の目の前には、よくトーストしたパンがある。手にとって、赤いイチゴジャムをたっぷりつけて、頬張る。甘くて美味しい。"
今度はよりはっきりと香り、そして味を感じた。
娘「......具体的にしろ抽象的にしろ、何か描写を入れるのが大事なんだ」
さらに実験を続ける。
"今、私は海辺にいる。近くには古びた小屋にボート。足元には砂浜。雨上がりで少し湿ってる。"
メモ帳を見つめる。何も、起こらない。
娘「何も感じない。......景色の描写だけじゃだめなのかな」
少し付け足す。
" 今、私は海辺にいる。近くには古びた小屋にボート。足元には砂浜。雨上がりで少し湿ってる。押し寄せる波の音。心地いい "
しばらくすると、ふんわりとした意識に包まれていった。
青い海。近くには小屋に、足元には砂浜。
さっきメモ帳に書いた事が、そのまま景色となっている。しかし、どこか継ぎ接ぎだった。
海はあるのに空がなかった。
砂浜はあっても、石一つ落ちていない。
描写にない部分は黒く塗られていた。
そんな奇妙な空間だというのに、何故か気分はリラックスしていた。
娘「......なんか、落ち着くかも。これも一種の快楽かな?」
ふと現実に戻る。
薄暗い病室で紙切れを見つめるひとりの少女。
娘「......だんだん分かってきたけど」
ごくり、と生唾を飲んで、ペンを走らせる。
"私は背後から刺された。鋭く冷たい痛みが体を駆け巡り、ドクドクと赤黒い血がナイフをつたい地面に滴り落ちる。月明かりもない暗い路地裏には助けてくれる人影はない"
娘「......描写入れて......背景も入れて......っと」
娘「......まさか、ね」
次の瞬間、背後から鋭い痛みが少女を襲う。
......ことは無かった。
いつまで眺めていてもそこは病室で、心ない殺意に少女がさらされる事は無かった。
娘「......は、はは」
娘「......よ、よかったぁ。たまたまニュースのテロップみてショック死なんてことにならなくて......」
活字性"快楽"伝達病は、あくまで快楽に関するものらしかった。
そうなれば、食事での食欲や心落ち着く風景によるリラックスなどの快楽は感じても、痛くて苦しい、通常ならとても快楽とは程遠いような事は感じないのであった。
娘「......なんてご都合主義な病気なの」
娘「最初は怖かったけど、うまく使えば便利、というか素晴らしいわ!」
不安から解放された少女は再びグルメ旅行の旅に出発した。
もちろん、第一話から遡り、夜明けまで様々な料理を堪能したのだった。
_____________
| (^o^)ノ | < おやすみー
|\⌒⌒⌒ \
\|⌒⌒⌒⌒|