1942年にマートン(Robert Merton)は“Science and Technology in a Democratic Order”(「民主主義体制における科学と技術」)というエッセーを発表し,次のような科学の規範を提唱した。すなわち,Universalism(普遍性),Communism(公有性),Disinterestedness(無私性),そして Organized Skepticism(組織された懐疑主義)の4つである。普遍性とは,科学者の活動にとって,その人物の個人的または社会的属性,すなわち,人種,国籍,宗教,階級,個人の資質などは一切関係がないということである。公有性とは,科学における成果は社会的協働の成果であり共同体が所有することである。無私性とは,純粋な知識欲,無欲な好奇心,人間性に対する利他的な関心などの,科学が職業である以上科学者がもたなければならない性質であり,私利私欲は避けられなければならないことである。最後の組織された懐疑主義とは,科学者は権威や権力に従うことなく常に批判的知性を働かせなければならないということである。マートンがこのような規範を提唱したのは,全体主義による「反知性主義という病気が蔓延しようとしている」ことに抗し科学を守り民主主義を守るためである。マートンが提唱した4つの規範は,「反知性主義という病気が蔓延」している現代の日本の科学者にとって重要であることはいうまでもない。 (続)
今年2月に早野龍五著『「科学的」は武器になる』(新潮社)という本が出版された。早野氏は,福島県伊達市民のガラスバッジによる外部被曝線量測定データを用いて作成されJournal of Radiological Protection誌に2016年12月と2017年7月に発表された2本の論文,いわゆる宮崎・早野論文の著者の一人である。この論文は,データ提供に同意していない市民のデータを研究に使用したという理由で2020年7月に撤回されている。この2つの論文に対しては,4つのLetter to the Editor(同じ論文誌に発表された論文についてコメントする論文)が投稿され,いずれも正式なacceptまたはprovisionally accept(著者の応答を求め応答と一緒に出版すること)になっていた。4つのLetter to the Editorは論文における数十の不整合を指摘しているが,とりわけ重大なものとして,著者には渡っていない期間のデータに対応する図が論文中に複数掲載されていることがあげられる。早野氏と宮崎氏は,伊達市から提供されたデータを第2論文が出版されてから1年強で廃棄している。また著者たちはこの4つのLetter to the Editorに一切の応答をしていない。また,応答しない理由の一つは早野氏によればデータがないことである。 (続)