日本の知恵 ID:lM7eHFSU
> 知恵のない人々(271) < >2019-H31-2.16-NO.2282<
** 軍隊は不必要という主張(238) **
***「軍国主義者の愚かな選択」(206)***
** 憲法改正(168) ** 平成時代から光集時代へ向けて
* テレビ報道は検察に忖度(18) *
** レーダー照射とあおり運転 (6) **
* 皇室の娘(2) *
* 悪人たちの国家(4) *
「がっかり」発言で野党が現政権を批判していたが、それは本当に
正しいことなのか。テレビ報道も何となく批判しているようだが、どうも
理解できない。それは言論の自由ということを考えてみると人それぞれ
言論や表現に対して、それほど厳格でなければならないのかという
ことだ。
誰かが死亡する。それに対して「がっかり」したと言わないのか。言ってもいい
のではないか。「私はあなたのお父さんが死んで、本当にがっかりしました」
と言ってはいけなのか。
「がっかり」には人の気持ちが表現されていて、その意味は落胆であり、
自分に取って辛いことは「がっかり」の対象であり、ある有名な選手が
重いであろう病にかかったことに対して「がっかり」したと言ったところで
いいのではないか。
野党の政治家が必死に批判している姿を見たら、なんとなく自由がないなと
感じた。やっぱり「自由と平等」が全てであり、どうにでも取れる言葉遣いに
対して、あまりにも閉鎖的な態度は大きなマイナスではないか。
それと「下火にならないか」と言う言葉に対してもテレビ報道で批判していた
ようだが,これも表現としては批判される言葉とは思えない。この程度の言葉を
テレビ報道で批判されたら、自由と平等の平和な社会を築くことはできないの
ではないか。
偉大な選手が第一線からどのような形であれ、身を引きざるを得ない状況に
陥った時、その監督や管理者は現状維持が出来ない不安を感じるのは当然で
あり、「下火」になることへの心配を表現するのに「下火」と言ったところで批判
していいのだろうか。その人の気持ちをどのような言葉で表現しても内容が
間違っていない限り、どうでもいいのではないか。
この言葉に対しても野党やテレビ報道が批判していたようだが、言論の自由
や表現の自由を考えると野党もテレビも軍国主義傾向が強いのではれない
だろうか。
「がっかり」や「下火」を批判する野党やテレビ局に対して強い軍国主義を
感じた。言葉への暴力であり、表現への圧力だ。何事にも批判すればいい
というものではないし、批判したところで何も得るものはなし、意味のないことだ。
結局、与党も野党もテレビも軍国主義化している証拠ではないか。ということは
悪人たちということなのか。独裁者的な言葉遣いへの批判は恐ろしい社会への
予兆なのかもしれない。
一人の選手が病になり、その人に対して、どのような表現であれ、その体を
気遣っている限り批判する理由もなければ、権利もない、全ては表現の自由、
言論の自由であり、この自由をうばうような言葉への批判こそ批判される
べきではないか。
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