>>17
14です。
平等主義的見た目を持つのが反知性主義ともいえますね。
ご指摘のように、論理的妥当性は存在しますが、民主的解決を手法とする事によって、その民衆の知的レベルに見合う解決レベルが支持されるため、それは必ずしも論理的妥当性に沿うものにはならないからです。
民衆の知的レベルは、体制によって操作されます。
それは、知的水準を保つためのコストを操作する事が出来る事に由来します。
故に、反知性主義は知性水準を操作する事による、知性否定につながります。
次に知性と富の偏在ですが
それを知り得るのは、知性によってと言って差し支えないと考えます。
つまり、反知性主義は知性によって支えられるという矛盾がそこに存在します。
また、格差や差別は構造の結果としてそこにあるものであると考えます。
その構造は様々ですが、反知性主義においては、知性を持つ者が、その知性を批判される事が不都合であるため、それを施策する事が考えられます。
民主的世界において、優位に立つ知性が、その批判を避けるため、他者において知性を肯定しない環境を作るために、知的体験を退け、その意見を多勢とする為に行う施策である、と考えられます。
つまり
批判的知的に対する、民主的弾圧である。
と言う事も出来るかと考えます。
長文に対する敬意を込めて、長文にて返答させていただきます。