昔に比べ、めっきり少なくなった煙突のある銭湯の前に、男は立っていた
ストライプのスーツに白蝶のカフス、気品の中に親しみを感じさせるこの男は、セールスマンであった
セールスマンといっても、客は社長令嬢や、政界の妻といった金持ちばかりだ
朝早く出社し、身なりを整え、現場に向かう
彼は自分の仕事に誇りを持っていた、売り上げも会社の中でトップだったし、客からの信頼も厚い
そんな男がなぜ、会社からほど近い、古ぼけた銭湯の前で仁王立ちしているのか
それは、男が股の間に茶色の固形物を隠し持っているからだ
誰だって、気が緩んだときに、にわかに力が入れば、そうなる
彼の肛門もまた、銭湯の向かいにある犬にほえられた際のスキを突いた。ただそれだけだ
男は少し悩んでから、足をコンパスのようにして暖簾をくぐった
昼間だから誰もいないだろうと高をくくっていたが、靴を脱ぐときに一人の男とすれ違った
「あの男、すごくこちらを見てくるな。やはり臭いは隠せないものか…。犬のくそでも踏んだのだと思ってくれればいいのだが。」
悟られまいと平静を保つが、冷汗はだらりと流れた
自分がブリーフ派であったことを心から感謝しつつ、服を脱ぐ
茶色い日ノ丸ブリーフをカミソリや、歯ブラシが捨ててある、ゴミ箱にそっと置いて番台に金を渡す
「いや、目の細い婆でよかった。あまりこちらが見えていないようだ。それにしてもさっきの男には気づかれてしまっただろうか?
セールスマンは印象が第一。悪い噂でも流れると大変なのだが。」
身体を拭き、髪を整えても、心の不安は洗い流せない
服を着ると、歩くたび、シルクの感触が伝わってきて気持ちが悪い
男はこれからどうしたものかと考えながら玄関で靴を取る
上りかまちに腰を下ろし、靴ひもを結んでいると、ガラガラと戸が開いた
そこに立っていたのは、神妙な顔で足を放るように歩く若い男であった