祖母が倒れたと聞いて、俺は焦った
なけなしの有休を使うことにして祖父母の住む田舎に向かった
夜明けまでには着くかなぁ
今日の仕事の疲れもさながら家は遠い
時計が二時を回ったところで一息入れる
祖母に対する不安はあったが、事故を起こしては元も子もない
二三台並ぶ自動販売機に車を付ける
車から降りて、小銭を入れていると、自動販売機の光に照らされて女性が見えた
髪がぼさぼさのはだしの女性。口をパクパクと動かしている
二度見したかったが、恐怖でできなかった
ガコンとコーヒーが落ちる音がするやいなや、車に駆け込む
エンジンをかけようとして、手が空を切る
車のカギがない、刺さっていない、外した記憶はない
その瞬間、ガッチャと集中ロックの音がする
背筋に上るような不安を覚えて手元を見る
俺だ、俺が押したんだ。その指はしっかりとボタンについている
落ち着け落ち着け落ち着け、パニックになるな
深く深呼吸をしようと息を吸い込んだ、はず。
次は、けたたましいクラシックがカーステレオを通して流れ出た
胸を押さえていた左手は、音量スイッチを押している
恐怖をあおる音に、俺は訳が分からなくなって全力でアクセルを踏んだ
車は猛スピードで走りだし、俺は逃れられないその音から逃るように
スピードを上げた
視線が気になってバックミラーを見ると、さっきの女が手を振っている
…手を振っている。顔が見える、口元が笑ってる、いや、中にいる。
バックミラーに移る瞳が車内にあると気付いたとき、
俺は二度と夜明けを迎えることはないんだと分かった
おちまい