支那かぶれ天台宗や真言宗は猛省せよ! ID:nSas1nja

16漢民族(支那人)留学生に対する自由主義教育を徹底すべし:2025/03/29(土) 19:13:58.48 ID:nSas1nja

〓現在、ポンコツ東大の大学院生の4、5人に1人が支那人である。

〓この点に関して支那人留学生を受け容れている松尾豊(ポンコツ東大教授)が次のように話している。



「支那からの留学生は、わざわざ母国を離れ、日本に留学してくれているわけですよね。日本の文化の中で暮らして、日本の教育を受けているということは、両国の関係性にとっても大事なことですし、そうした人が世界で活躍してくれることは、長期的に見たときに日本にとって大きな財産になると思います。

アカデミアでは人種や国籍を問わずに世界中の研究者たちが頑張って努力をして、論文を書いて、知見を共有しながら科学技術を前に進めている。それが社会をより良くすることだと思ってやっているわけですので、研究室に所属する学生が国籍をからめて非難されるのは、私は適切ではないと思います。」



〓2,000万人の支那人が拷問、銃殺、強制労働、輪姦・屍姦、共食い(人肉食)によって命を奪われた文化大革命(1966年~1976年)の最中、鄧小平は内モンゴル人民革命党粛清事件を引き起こし、数十万人のモンゴル人を惨殺するよう命じた。

〓これ以降、人口250万人だった内モンゴルに3,000万人の漢人(支那人)が流入しモンゴル人の自治権を横奪した。

〓鄧小平は1920年に勤工倹学でフランスの中学校に学んだ経験を持つ。

〓ポル・ポトは1949年に官費でフランス国立通信工学校(現在の情報工学校)に留学。

〓毛沢東の文化大革命に心酔したポル・ポトは、弁護士、教師、医師を拉致し、また少年少女に“文字を読もうとした大人”、“眼鏡を掛けている大人”を密告させて『反革ブルジョア分子』として拷問に掛け、更に都市部の住民を農村に強制移住させると強制労働や飢餓により死に至らしめた。

〓ポル・ポトの民主カンプチア時代(1975年~1979年)にカンボジア国民の1/5に当たる170万人以上が命を落とした。

〓鄧小平やポル・ポトのように狂人ヒットラーに劣らぬ悪逆非道な僣主を育てる海外留学ならナンセンスである。

〓日清戦争中に武装蜂起に失敗した孫中山(孫文)が日本に亡命。

〓後に孫中山(孫文)は辛亥革命(1911年)によって満洲族の清朝を倒すことに成功した。

〓しかし、『漢民族中華思想』を国是とする中華民国は その後、コミンテルンの指導の下で同じ『漢民族中華思想』を党是とする中国共産党と合作し、周辺異民族を弾圧するようになった。

〓満洲族は自治権も認められず事実上 消滅し、チベット族やウイグル族、高砂族の居住地には内モンゴルと同様、漢民族(支那人)が雪崩れ込んで これら少数民族の自治権を簒奪している。

〓漢民族(支那人)の排日・抗日イデオロギーの強さは、済南事件(1928年)や通州事件(1937年)、2012年の反日暴動を見ての如しである。

〓漢民族(支那人)は支那を侵略しようとした日本が悪いと言い募る。

〓満洲事変以降の支那事変については、板垣征四郎や石原莞爾に率いられた東北の蝦夷(えみし)を主力とする関東軍の暴走という面が強いのも事実であるが、チベット、ウイグル、台湾などにおいて広汎に繰り返されて来た周辺異民族に対する漢民族(支那人)による激烈な排撃運動を俯瞰すれば、日本が支援した『漢民族中華思想』を掲げる孫中山(孫文)の辛亥革命に その根本原因があると言わざるを得ない。

〓板垣征四郎や石原莞爾に率いられた東北の蝦夷(えみし)を主力とする関東軍の暴走が 殊 満洲事変や支那事変の大きな要因であることは間違いないが、抗日・反日運動が周辺異民族に対する漢民族(支那人)による激烈な排撃運動の一つであり、日本が支

17漢民族(支那人)留学生に対する自由主義教育を徹底すべし:2025/03/29(土) 19:14:39.20 ID:nSas1nja

〓板垣征四郎や石原莞爾に率いられた東北の蝦夷(えみし)を主力とする関東軍の暴走が 殊 満洲事変や支那事変の大きな要因であることは間違いないが、抗日・反日運動が周辺異民族に対する漢民族(支那人)による激烈な排撃運動の一つであり、日本が支援した『漢民族中華思想』を掲げる孫中山(孫文)の辛亥革命に その根本原因があることも否めない事実なのである。

〓周辺異民族に対して狂人ヒットラーのナチ党に劣らぬ悪逆非道な振る舞いを繰り返す漢民族(支那人)が勢いづいたのは、漢民族(支那人)の孫中山(孫文)の亡命を受け容れた明治時代の日本政府の見通しの甘さに根本原因があったと言うこともできるのである。

〓『留学生の受け容れは長期的に国益に資する』という安易な考えではなく、日本もフランスもアメリカも留学生や亡命者を受け容れた後、しっかり自由主義ブルジョア憲法や法の支配の重要性を植え付けてから母国に帰すべきである。

〓自由主義ブルジョア憲法や法の支配よりも兎に角 満洲族の清朝を倒せという『漢民族中華思想』に執着した孫中山(孫文)のような『偏執狂』を支援した結果、『長期的に日本の国益に資するであろう』という日本人の安易な見通しが裏切られたことを日本人は猛省すべきである。

〓いかがか?

18漢民族(支那人)留学生に対する自由主義教育を徹底すべし:2025/03/29(土) 19:19:49.42 ID:nSas1nja

>【ChatGPT、一部 加筆・修正】
>この文章は、留学生の受け入れに関する意見を述べつつ、支那の近現代史や民族問題に絡めた批判を展開しています。松尾豊の発言を引用しながら、安易な支那人(漢民族)留学生の受け入れに懐疑的な立場を示し、歴史的な事例を引き合いに出して議論を構成しています。

>論点としては:

>1. 支那人(漢民族)留学生の受け入れに対する疑念

>日本に留学する漢民族(支那人)が増えていることを取り上げ、留学生受け入れが長期的な国益につながるかどうかを考察している。

>松尾豊の発言を取り上げ、研究室に所属する学生の国籍が批判されるのは適切ではないという見解に関して留意点を提示している。

>2. 歴史的事例の引用

>文化大革命やポル・ポト政権の蛮行を挙げ、これらの革命指導者たちが西側への留学経験を持っていたことを強調。

>『漢民族中華思想』に偏執した中華民国を建てた孫中山(孫文)の亡命を受け入れた日本の政策が、支那の少数民族迫害や反日排撃思想の遠因になったと主張。

>東北の蝦夷(えみし)を主力とする関東軍を率いた板垣征四郎や石原莞爾が引き起こした満洲事変や支那事変。

>但し漢民族(支那人)の排日・抗日イデオロギーには、『中華民国』を建てた孫中山(孫文)の「漢民族中華思想」「周辺異民族排撃運動」も強く影響していると指摘。

>3. 漢民族(支那人)留学生・亡命者の受け入れに関する提言

>ただ受け入れるのではなく、「自由主義ブルジョア憲法」や「法の支配」の重要性を植え付けるべきだと主張。

>フランスやアメリカも含め、支那人(漢民族)留学生に対する自由主義ブルジョア憲法教育をより徹底すべきと提言。

>歴史的な解釈や表現には強い主観が含まれており、議論の前提が異なると見解が大きく変わる可能性があります。このような問題について、あなたはどの点に関心がありますか?


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