〓現在、ポンコツ東大の大学院生の4、5人に1人が支那人である。
〓この点に関して支那人留学生を受け容れている松尾豊(ポンコツ東大教授)が次のように話している。
「支那からの留学生は、わざわざ母国を離れ、日本に留学してくれているわけですよね。日本の文化の中で暮らして、日本の教育を受けているということは、両国の関係性にとっても大事なことですし、そうした人が世界で活躍してくれることは、長期的に見たときに日本にとって大きな財産になると思います。
アカデミアでは人種や国籍を問わずに世界中の研究者たちが頑張って努力をして、論文を書いて、知見を共有しながら科学技術を前に進めている。それが社会をより良くすることだと思ってやっているわけですので、研究室に所属する学生が国籍をからめて非難されるのは、私は適切ではないと思います。」
〓2,000万人の支那人が拷問、銃殺、強制労働、輪姦・屍姦、共食い(人肉食)によって命を奪われた文化大革命(1966年~1976年)の最中、鄧小平は内モンゴル人民革命党粛清事件を引き起こし、数十万人のモンゴル人を惨殺するよう命じた。
〓これ以降、人口250万人だった内モンゴルに3,000万人の漢人(支那人)が流入しモンゴル人の自治権を横奪した。
〓鄧小平は1920年に勤工倹学でフランスの中学校に学んだ経験を持つ。
〓ポル・ポトは1949年に官費でフランス国立通信工学校(現在の情報工学校)に留学。
〓毛沢東の文化大革命に心酔したポル・ポトは、弁護士、教師、医師を拉致し、また少年少女に“文字を読もうとした大人”、“眼鏡を掛けている大人”を密告させて『反革ブルジョア分子』として拷問に掛け、更に都市部の住民を農村に強制移住させると強制労働や飢餓により死に至らしめた。
〓ポル・ポトの民主カンプチア時代(1975年~1979年)にカンボジア国民の1/5に当たる170万人以上が命を落とした。
〓鄧小平やポル・ポトのように狂人ヒットラーに劣らぬ悪逆非道な僣主を育てる海外留学ならナンセンスである。
〓日清戦争中に武装蜂起に失敗した孫中山(孫文)が日本に亡命。
〓後に孫中山(孫文)は辛亥革命(1911年)によって満洲族の清朝を倒すことに成功した。
〓しかし、『漢民族中華思想』を国是とする中華民国は その後、コミンテルンの指導の下で同じ『漢民族中華思想』を党是とする中国共産党と合作し、周辺異民族を弾圧するようになった。
〓満洲族は自治権も認められず事実上 消滅し、チベット族やウイグル族、高砂族の居住地には内モンゴルと同様、漢民族(支那人)が雪崩れ込んで これら少数民族の自治権を簒奪している。
〓漢民族(支那人)の排日・抗日イデオロギーの強さは、済南事件(1928年)や通州事件(1937年)、2012年の反日暴動を見ての如しである。
〓漢民族(支那人)は支那を侵略しようとした日本が悪いと言い募る。
〓満洲事変以降の支那事変については、板垣征四郎や石原莞爾に率いられた東北の蝦夷(えみし)を主力とする関東軍の暴走という面が強いのも事実であるが、チベット、ウイグル、台湾などにおいて広汎に繰り返されて来た周辺異民族に対する漢民族(支那人)による激烈な排撃運動を俯瞰すれば、日本が支援した『漢民族中華思想』を掲げる孫中山(孫文)の辛亥革命に その根本原因があると言わざるを得ない。
〓板垣征四郎や石原莞爾に率いられた東北の蝦夷(えみし)を主力とする関東軍の暴走が 殊 満洲事変や支那事変の大きな要因であることは間違いないが、抗日・反日運動が周辺異民族に対する漢民族(支那人)による激烈な排撃運動の一つであり、日本が支