テレビを見ると政治家の死を悔やむ報じ方と政治家の死にはそれなりの理由があると
報じるテレビに分かれたような、分かれないようなテレビの報じ方に違和感を覚えた。
テレビでは暴力は許されないと強く言っているが、犯人は自衛隊の経験者であり、
殺人は暴力ではなく、単なる手段と考えたのではないか。現首相の「敵基地攻撃能力」は
他国民の殺戮を前提にした軍事力であり、人を殺すことを考えれば軍事力は国家暴力で
あり、殺人を考慮した軍事力にほかならない。
テレビは国家暴力は批判はしないが、個人的な暴力は批判をするのはおかしい。
犯人の理由がどうであれ、殺人以外手段が無かったのであれば、それは歪んだ正当防衛
であり、他国が日本を攻撃する前に他国の軍事基地を攻撃して、他国民を殺してしまえも
現首相が考えた歪んだ殺人ゲームではないか。
日本の憲法には「戦争の放棄」「軍事力の保有を認めず」それなのに現首相は軍事力の
強化を進めている。そして、殺された政治家も軍事力の強化を訴えていた。軍国主義者は
他国民も自国民も殺すことを前提に組織されている。
人が死ねば、誰でも悲しい。軍事力はその死を前提にしている国家暴力であり、
その軍事力を欲しがった政治家が死んだわけで、何とも言い難い結末ではないか。