「国葬」になった政治家は銃弾で殺された訳だが「敵基地攻撃能力」という軍事力は
敵の国に殺人ミサイルをぶち込んで他国民の命を奪う軍事力であって、殺人は
当たり前、殺人ミサイルが街中に命中すれば、何人殺すか予測がつかないほど
人の命を奪う軍事力、この人殺しの「敵基地攻撃能力」を考えたのが「国葬」に
成った政治家なのだ。そして、「憲法改正」が成立すれば、日本は平和国家から
軍事国家へと国が変わる。
「国葬」に成った政治家が今も生きていれば「敵基地攻撃能力」という殺人戦略が
可能に成り、他国の人々の命を何人奪うか想像も出来ない。殺されてどうって
訳ではないが、他国民の命を奪う「敵基地攻撃能力」の軍事力が無くなる可能性も
あり、喜んでいいものかと思うべきなのか、それとも哀れな政治家の死を嘆くべき
なのか。良く分からないので神様に聞いてみる。
民主国家に於ける政治家は主権者である国民の奉仕者、テレビを見ていたが
「憲法改正」と「奉仕者」という言葉がほとんど出ない。テレビは政治家を奉仕者と
思っていないのかもしれないが憲法には明らかに奉仕者と書かれている。
「国葬」は戦後、二回目、一回目が吉田茂という首相だ、この首相は「平和憲法」を
日本に取り入れた首相として、平和国家日本に貢献したと言える。二回目が今回の
「国葬」でこの政治家は「憲法改正」を主張し、「敵基地攻撃能力」という軍隊を
憲法に明記することに努力し、長年首相を務めた。
いみじくも「平和憲法」を取り入れた「国葬」と平和憲法を「憲法改正」で破壊し、
軍事国家に変えようとする首相の「国葬」と言うことに成り、非常に注目される
筈ではあるがテレビではこんな話は一つも無く、当然、日本は軍国主義へと
進むと決まっているようなテレビなので、こんなテレビでいいのかと不安に
成ってしまう。