多額の献金、生活は困窮、家族や親族からは批判の連続、民主主義とは
懸け離れた生活、人間だったら嫌気が沸かない筈がない。
結局、問題は宗教からの離脱が問題になり、その人たちが被害者として、民主主義
の社会に戻るときに、悪徳宗教は多額な献金の返還を拒み、信者たちに更なる
苦しみを与え、信者たちの精神を破壊する。
ある外国の芸人が「宗教の話はもういい」と言うことをテレビで言ったようだが、
この芸人は、その宗教をなぜ擁護するのか分からない。宗教が何か問題を犯した
とき、結果として、その宗教が無くならない限り、問題は解決しない、なぜなら、
その宗教の「教え」は変わらないからだ。全ての宗教が一つの「教え」に従って
成り立っている。宗教改正は憲法改正より、難しい、何故なら、その宗教を作ったの
は「神様」「仏様」こんな「得体の知れない」社会から生まれた「教え」だからだ。
日本人の心の矛盾は「国葬」で葬られる政治家の憲法改正という日本社会を
民主主義から軍国主義へと導く政策に報道機関も国民の多くも賛成し、この
素晴らしい平和国家日本を無くすことを選択したことは悪徳宗教の被害者たち
を救う手段を議論している正義は日本に無いのではないか。
憲法改正、敵基地攻撃能力、この提唱者が「国葬人」、民主国家で平和憲法を
保有する日本は世界に誇れる平和国家として発展すべきと思うが、されど多くの
国民や有識者たちは殺された政治家の呪縛から抜け出すことはできない。それは
正に狂った宗教の「教え」を「霊感」とともに体内へと導いたのかもしれない。