この書は、英語圏の古今の著名小説の名が満載されているので、ちょっとした読書ガイドとしても役立てることができるのではないでしょうか。この書に名を挙げられた小説を読んでおけば、英米文学史に実地にあたることもできるというわけです。
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*119頁:トム・クランシーの代表作『レッド・オクトーバーを追え』を5000語ごとに分割してモステラーとウォレスの手法を使って分析したところ、のちの共著者であるグリーニーの手がすでに加わっていたと結論づけられてしまったというくだりに次の訳文があります。
「これら5000語ごとの断片についてモステラーとウォレスの手法が出した結果は、小説全体の著者を判定してみせた99%の正確さとはほど遠い。私たちにはその理由がわかっている。『レッド・オクトーバーを追え』を出版したとき、グリーニーはまだ16歳だったにもかかわらず、この本の多くのパートをグリーニーが書いていたのだ」
しかし英語原文は以下のとおりです。
For these short 5,000-word snippets, Mosteller and Wallace is nowhere near the 99% perfection that it achieves on entire novels. We know that because sections in The Hunt for Red October are attributed to Greaney despite the fact that he was 16 years old when Clancy published it.
つまり、「これら5000語ごとの断片にモステラーとウォレスの手法をあてはめると、小説全体の著者を99%の精度で判定したときとはほど遠い結果が出た。というのも『レッド・オクトーバーを追え』の数か所をグリーニーが書いたものだと判定したのだ。クランシーがこの本を出版したとき、グリーニーは16歳だったというのに」という意味です。
原文は「この本の多くのパートをグリーニーが書いていたのだ」とモステラーとウォレスの手法が誤判定したといっているのです。また、「この本の多くのパートを」というのでは、121頁に掲載されているグラフとは合致しません。原文の当該箇所はmany sections ではなく、単なるsectionsです。
*158頁の最初の6行と159頁の末尾の注とが完全に重複してしまっています。校閲ミスでしょう。
*176頁:「『ボーン』3部作などのスリラーで知られるロバート・ラドラムがデビューしたのは1980年だが、今でもフレッシュ-キンケイド学年レベル7.2の水準で執筆している。現在の大衆小説ではかなり高い数値である」とありますが、これは誤訳でしょう。
英語原文は以下の通り。
Robert Ludlum is known for thrillers like the Bourne Trilogy, which debuted in 1980, but he still wrote at a Flesch-Kincaid reading level of 7.2, not common in popular fiction today.
まず、「ロバート・ラドラムがデビューしたのは1980年」ではありません。ラドラムは1971年に『スカーラッチ家の遺産』(角川書店/邦訳は1974年)で作家デビューしています。英語原文の関係代名詞はwhich (debuted)ですから先行詞は人間であるRobert Ludlumではなく、物であるthe Bourne Trilogyと読み解くのが正解。つまり正しい訳文は、「作家ロバート・ラドラムは、1980年に開幕した『ボーン』3部作などのスリラーで知られる」です。
177頁に掲載されているグラフをよく見ると、ラドラムのデビュー年が1980年よりも以前になっていることに気づくはずです。
また、ラドラムは2001年に鬼籍に入って久しいので、2017年に出版されたこの書の中で「今でも【……】書いている」「現在の大衆小説ではかなり高い数値である」と彼があたかも存命中の現在の大