>>7
筆跡というのは個人の独自のものであり、特徴は固定されます。
また、当時の修道院は中流子女のためのものであり、ベルナデッタのような貧困家庭の出身者は入れませんでした。
何も知らずにレスしないでください。
>>7
筆跡というのは個人の独自のものであり、特徴は固定されます。
また、当時の修道院は中流子女のためのものであり、ベルナデッタのような貧困家庭の出身者は入れませんでした。
何も知らずにレスしないでください。
ローマはその新興カルト教団を迫害はしませんでした。
ローカルのコミュニティの中で労働契約問題や納税問題、住民との小さなトラブルなどを頻繁に起こすこのカルト教団について、
官僚制法治国家であるローマは地方行政においてローカルからの「何とかしてくれ」と言うつきあげをくらい、それぞれさまざまな微罪適用によって対処しています。公的資料が残されています。
ローマにとってユダヤ民族は
出自がエジプトであること
独自の歴史ある文化を持っていること
により、文化的民族とされていました。
キリスト教教団はその新興分派として認識されていたのみでした。
日本でも、当初、キリスト教は迫害されていませんでした。
おおっぴらにやらなければOKという緩いスタンスです。
でしたが、日本初のキリシタン大名が、宣教師の執拗な要請を受けてキリシタンにならない領民を追放、60以上もの寺社を焼き討ち、その際逃げた僧侶を追いかけて殺害、
宣教師の裏には明らかにポルトガルやスペインの影が見えるという事態になりキリシタンに対する対処は変わらざるを得ませんでした。
外患誘致罪です。
現教皇は、「ローマがキリスト教を迫害したのは、物質的なローマが、霊的なものであるキリスト教を恐れたからである」と述べています。
傲慢笑止。
キリスト教における霊的なものはファンタジーでしかありません。
それを信じるのはそれぞれの自由です。
しかし、それが真実であると信じろとひとに強制し、信じない者を愚かといい、彼らには神様の恵みがない、
というのはそれこそ愚かです。
汝ころすなかれ。
自分が殺されるときには神の裁きの手を望み、自分が殺すときには神の裁きの手を望まない。
元々のイエスの教義は、「神の国は近い。悔い改めよ。」でした。
今まで散々いわれてきたとおり、ナザレのイエスと発展したキリスト教教団の間には、何の関係もないと言えるでしょう。