覚鑁は、そういう逸脱したことをしていない、というよりも、そもそもできなかったのではないか
真言は灌頂による縦のラインだといったが、空海が偉大なので、心理的にも他者がどう考えるかという予測からも、覚鑁は教学上も空海のものから大きく外れることはできず
結果として空海の経典成立時代順・教相判釈の範囲内に収まり、間違えたということにはならなかった、という面もありそう
真言は単純に護摩焚くのが商売なので、そっちの後期経典メインにならざるを得ないって宗派だけど
覚鑁は、そういう逸脱したことをしていない、というよりも、そもそもできなかったのではないか
真言は灌頂による縦のラインだといったが、空海が偉大なので、心理的にも他者がどう考えるかという予測からも、覚鑁は教学上も空海のものから大きく外れることはできず
結果として空海の経典成立時代順・教相判釈の範囲内に収まり、間違えたということにはならなかった、という面もありそう
真言は単純に護摩焚くのが商売なので、そっちの後期経典メインにならざるを得ないって宗派だけど