――大丈夫と思わなければいけない?
思わなければいけない! 例えば、国際アニメーション映画祭に行くじゃないですか。僕も審査員を海外でやったことがあるんですけど、「日本のアニメは面白いね」と言っていた審査員が、「だけど賞はやれない」「みんな同じでしょ」と言うんです。
海外のアニメーションの主流というのは、例えば『フナン(FUNAN)』(2018年仏アヌシー国際アニメーション映画祭長編グランプリ受賞)というフランスの映画。デニス・ドゥというカンボジア系の監督ですけど、ポル・ポト時代のことを描いています。また、アイルランドのノラ・トゥーミー監督の『生きのびるために(THE BREADWINNER)』(同長編審査員賞受賞)は、タリバーン支配下のアフガニスタンを描いていますね。スペインのラウル・デ・ラ・フエンテ氏とポーランドのダミアン・ネノウ氏が共同監督を務めた『アナザー・デイ・オブ・ライフ(ANOTHER DAY OF LIFE)』(19年東京アニメアワードフェスティバル長編グランプリ受賞)は、アンゴラ内戦を描いています。
そういう世界になっているんです。つまり世界のアニメーションは子供や、いわゆる思春期に向けてじゃなくて、直接大人に向けて語り始めているわけですよ。少なくとも国際映画祭に関して言うと、日本のアニメーションは、そういうものと戦ったときに勝てないんです。19年の韓国の富川国際アニメーション映画祭では日本作品は全滅でした。フランスのアヌシーなど国際的なアニメーション映画祭に行くといいです。そうした傾向がよく分かります。
昨年のアヌシーでは、フランスのジェレミー・クラパン監督の『失くした体(I LOST MY BODY)』が長編グランプリをとりました。切断された少年の手がパリをさまよい体を探すというストーリーですが、その前には逆のパターンの作品があった。16年のアヌシーで審査員賞を受賞したフランスのセバスチャン・ローデンバック監督の『大人のためのグリム童話 手を亡くした少女(THE GIRL WITHOUT HANDS)』で、手を亡くした少女のストーリーです。これはグリム童話の『手なしむすめ』が原作なんだけど、完全に大人向けにつくっている。