それは見たことのない光景だった。6日夜、討論会「立憲主義の危機」が開かれた東京・本郷の東大法学部25番大教室。700の座席は開会30分前に埋まった。途切れず押し寄せる聴衆で危険になり、急きょ別の2つの教室も開けた。配られたレジュメは1400人分に上った。
「立憲主義の地霊が現れたようだ」。
主催者の1人、憲法学者で東大教授の石川健治はこんな思いに襲われた。
この2日前の4日の衆院憲法審査会。早大教授の長谷部恭男ら3人が、首相の安倍晋三が推進する安全保障関連法案を違憲と断じ、波紋が広がった。それも憲法学者への関心を呼んだのだろうが、6日の討論会の知的射程は安保法案を超えていた。
基調講演者は京大名誉教授の佐藤幸治。憲法学の「西の重鎮」だ。1990年代後半から橋本行革と呼ばれた中央省庁再編や司法制度改革に関わり、自民党政権と深く接した。論じたのは「世界史の中の日本国憲法」だ。
「日本国憲法は第2次大戦の大悲劇を受けた立憲主義の捉え直しをよく具現し、世界標準の憲法になっている。ポツダム宣言の受諾は、日本の国のかたちを作り直すため、立憲主義の『復活強化』を自らに課し、国際社会に向けて約束した、と解される。決して借り物ではない」
佐藤は古代ギリシャ・ローマから中世英国、米独立革命、フランス革命、20世紀の2度の大戦を経て国民主権、人権保障、憲法裁判、平和志向の4本柱を確立した現代立憲主義までの歴史を概観。日本国憲法はその普遍的な潮流を受け継ぐと同時に、明治憲法下にもあった「民主主義的傾向の復活強化」(ポツダム宣言10条)との合わせ技として成立したのだ、と説いた。
「個別的な論点を巡る憲法の改正は否定しない。しかし、根幹を安易に揺るがすことはしない賢慮が必要だ。いつまで日本がそんなことをグダグダ言い続けるのか。本当に腹立たしい」
佐藤は「占領軍による押しつけ憲法」論などに対しては、こう語気を強めた。続く討論会。佐藤と並んだパネリストは「東の重鎮」で東大名誉教授の樋口陽一と石川だった。3者の議論は、京都学派で佐藤の師の師に当たる佐々木惣一(1878~1965)が著書の題名にもした「立憲・非立憲」を巡って白熱した。
東大法学部大教室に現れた「立憲主義の地霊」:日本経済新聞
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO88073150V10C15A6000000/