http://gendai.ismedia.jp/articles/-/42611
<無神論者であるレーニンが死んだとき、「神」であるかのように「赤の広場」に廟をつくったのも、共産党が古儀式派などの宗教を
利用しようとした「建神論」によっている。
古儀式派や建神論という言葉は、読者にはあまり耳慣れないものかもしれない。しかし、これらを抜きにして、現在のロシア、とくに
その保守主義やプーチンを語ることはできない。
ソ連建国の父であるレーニンは、その死後に遺体が保存処理され、レーニン廟に祀られた。北京に毛沢東廟、ベトナムにホーチミン廟、
そして北朝鮮に錦繍山宮殿ができた起源は、じつは正教にあったと言えそうだ。東欧の共産党指導者で廟があったとは聞かない。
指導者への「個人崇拝」は、ロシア正教以来の民衆信仰が「共産主義」に取り込まれたためではないか。
やがてソ連が崩壊すると、各地にあったレーニン像は破壊されたが、レーニン廟だけは取り壊されずにきた。もっともリベラル派のあいだでは、
レーニン廟を撤去するべきだという声はソ連崩壊後もずっと存在し、ここ数年は保守派のあいだでも賛成する意見が出始めていた。
ところが二〇一二年の冬、プーチンは「レーニン廟は撤去しない」という方針を明確に打ち出したのである。
ユニークなのはその理由だ。プーチン曰く、聖人の遺体保存は、ギリシャ正教に由来するロシアの伝統である。そして共産主義も一種の
宗教だから、聖人であるレーニン廟の保存は当然だという。プーチンは保守主義者の立場から、ロシアの伝統につながるレーニン廟を
守ると主張したのである。
たしかに、聖人の遺体保存は正教に由来する。ギリシャ正教の流れをくむロシア正教でも、聖人の遺体保存は古くからつづけられて
きた。「赤の広場」の横にあるクレムリンの寺院では、イワン雷帝が聖人として祀られている。
本来無神論であるはずの共産主義国家ソ連において、レーニン廟がつくられた背景には、こうした宗教的なものがあったことは事実
だろう。おおまかに言って、ロシア革命以前から革命党内では「無神論こそが正しい」という原理主義グループと、「いや、プロレタリアート
のための新しい神をつくるべきだ」というグループとが対立していた。この後者の主張こそが「建神論」と呼ばれるものだ。
「建神論」を主導したのは、作家で革命ロシアの文部大臣のアナトリー・ルナチャルスキーや、作家のマクシム・ゴーリキーら左派の論客
で、彼らは古儀式派とも密接な関係にあった。この「建神論」を背景にしてレーニン廟がつくられたのだから、「レーニン廟は聖人の遺体
保存というロシアの伝統である」というプーチンの主張は、あながち間違ってはいない。>(135~137頁)