>>25の補足として、一般的に負の感情・行動と見なされることは
目的論においては、主に下記2点の目的から内発していることが多いと言われてる
①今の自分から変わりたくない(生来、変わらない方が楽で安全なため)
②やればできるという可能性の世界に逃れるため
例えば>>25の絵でいくと、「自己嫌悪」の部分は
それに比べて私は・・と落ち込むことにより、
努力して変わろう、という意思を妨げているし(①)
「自己憐憫」においては、周りの環境や境遇が悪いから
私は能力を発揮できない・・と、"環境が良ければできるのに"
という可能性に逃れていることになる(②)
意識的な部分とはかけ離れて、いわば心のブレーキ役として作用しているんだけど
それに苦しめられてることがいかに多いか、日常的に考えてみると実感もあるかと思う