「俺はお前のこと考えて言ってるんだぞ!?」
「違うわあなたは自分勝手なのよ!」
垣根を越えて男の怒鳴る声が聞こえてきて、それに被るように野太い女の声
5分ほど前にここを通りがかってからずっとこの調子だ
聞き耳を立てるに、どうやら夫婦があることで喧嘩をしているらしい
そのあることというのがどうやら妻の取っている食事に関してのことのようだ
「食事をとりすぎん何だよなんだこの足は!大根超えて丸太じゃないか!」
「そこまで言わなくてもいいじゃない、結局あなたは私が人目に付くのが嫌なんでしょ!」
妻の方は悲哀のこもった上ずった声になっている
「さっきから外見のことばっかりじゃない!ドラム缶だとかセイウチの喉だとか、病気だとか内面のことは一つも言わないで!」
「あぁそうだよ、お前の外見は最悪だよ。女なら、いや、人間ならもう少し考えるべきだ。与えられた餌ばっか食ってるからそうなるんだよ。ブタ!」
うむ、言い過ぎだろう。いくら夫婦とはいえ、発してはいけない言葉はある
そこを超えては、もはや問題解決の糸口さえ見えなくなる
夜露も乾かぬ土曜の朝からこのような話をされては気分が晴れない
一つ自分の為にも仲裁をしに行こう
垣根を回って門に、それから怒鳴り合っているガラス戸の方へ向かう
そして私は妻の方を見て固まった
その姿はまさに、巨人そのものだった
上背は190cmほどあろうか、丸太のような足にセイウチの首。ブタのような鼻だ
そして何よりもその手である。脂肪がつきすぎて肘と手首がなく一切の凹凸を許さない丸太と化している
だらんとぶら下げたそれは、私の頭ほどあろうか。
肉付きの悪い夫の隣にいるせいでその程度が甚だしい
私は感嘆の息を漏らした、そしてまだまだ知らない世界があるのだなと何も言わず帰っていった