------------------- かなり希なことに、Evelineを初めて読んだ時の状況をはっきり覚えている。 多分、高校2年生。英語の教科書に載っていて、原典で読まされた。-----------------
イブリンは19歳。母親が亡くなり、年上の兄弟が家を出てから、父と幼い兄弟の面倒を見ながら百貨店に勤めている。 ある夕暮れ、彼女は自宅の窓辺に座り、今までの人生を一人振り返る。 その年齢には不似合いな疲労感を全身に漂わせながら。
恋人のフランクと ブエノスアイレスへの駆け落ちを約束してしまった今、今までの人生がもの寂しく辛いものだったのか、それほど悪いものでもなかったのか次第に彼女には わからなくなってくる。
貧しくとも兄弟や幼なじみたちと心を通わせて過ごした幼い頃。 粗暴で家にお金を入れない父親でも、優しく接してくれる一時があった。 死んでいった母と交わした、出来るだけ長く家を守るとの約束・・・。
だが、最後は狂気に終わった母の惨めな生涯を想い、やっぱり幸せになるためにフランクの胸に飛び込んでいこうとイブリンは家を飛び出す。
------------------- 未来 溢れる女子高生だった私たちは、 もちろん心の中でイブリンを応援した。 彼女がフランクとの愛に生きることは当然のことだと確信し、愛がすべてを変えてくれる筋書に心を躍らせながら次の授業を待ったものだった。----------------- とても早熟だった私は、その頃にはすでに洒落にならない恋愛を経験し、恋愛不信・男性不信というよりは自分不信にすっかり陥っていた。 恋愛が本当の幸せなんか与えてくれるはずがないと悟ったつもりになり、恋に一喜一憂する友人たちを冷めた目で眺める高校生だった。 だけど心の中では、そんな風にすべてを変えてくれる愛が自分にも訪れることを待ち望んでいたのだと今となって思う。 だから、最後のシーンには言葉にならないほどの衝撃を受けた。--------------------
ブエノスアイレス行きの船が出る船着き場で、フランクに腕を掴まれた瞬間、イブリンは思うのだ。
「世界のすべての海が心の中で荒れ狂った。フランクは、自分をその中に引きずり込もうとしている。彼は自分を溺れさせてしまうだろう。イブリンは鉄柵を両手で握りしめた。」
そして、「イブリン!来るんだ!」と絶叫するフランクにどうしてもついていくことが出来ず、イブリンは出て行く船を見ながら呆然と立ちつくす。
「彼女は、青白い顔を彼に向けていた。されるがままの、無力な獣のように。彼女の瞳には、愛情も、惜別の想いも、彼を認識しているという印すら、何も籠もっていなかった。」