■10代で岡田斗司夫、唐沢俊一の本にハマった人の精神史
はてブで久しぶりに岡田斗司夫、唐沢俊一の名前を見た。
今現在、彼らへの言説はほとんど批判一色だ。自分も批判的に見ている。
しかし、かつて彼らの言説が支持されていた時代もたしかにあったのだ。90年代後半の、ある一時期に。
けれども、彼らの本をかつて熱心に読んでいたと口にする人はいない。
スレイヤーズのリスペクトを表明する人がいないのと一緒で、彼らの本を熱心に読んでいたってことは「恥ずかしい」ことなのだと思う。
しかし、ここは匿名ダイアリーなので、自分は書いてしまおう。
あれは90年代後半だった。自分は自意識を持て余していた。
アニメや漫画といったオタクコンテンツが好きなことに後ろ暗さを感じていた。
エヴァはヒットしたけれど、それだけで、オタクたちへの一般的な視線はまだまだ一段低く見る傾向が強かった。
自分は15歳で、クラスの端っこでオタク仲間と固まって学校生活を送っていた。
初めて缶コーヒーを買ったのはUCCのエヴァだし、下敷きはスレイヤーズだったし、授業中は『ブギーポップは笑わない』を読んでいた。
毎日18時には家に帰ってテレ東のアニメをぜんぶ見ていたし、lainやトライガンといった深夜アニメを録画して視聴していた。
「これはすごいものだ」と夢中になっていたが、「自分は一段低く見られている」という疑心暗鬼でびくびく暮らしていた。
今でいえば「自己肯定感」はかなり低かったし、自分の容姿や立ち居振る舞いを自覚させられるたびに嫌なものを感じていた。
そんなときに、自分の視界に岡田斗司夫が入ってきた。「BSマンガ夜話」だった。
「この人、話が面白いうえになんだか知的」と感じて、図書館にあった岡田斗司夫の本を読んだ。
『ぼくたちの洗脳社会』。過去のSF小説などを引用しながら語られる未来社会の予想に、ひどく興奮した。
「オタクコンテンツを語ることが社会や未来を語ることになるなんて!」という衝撃。
>>2以下へ続く
https://anond.hatelabo.jp/20200816114700
2020-08-16