汚染した村、時止まり森に チェルノブイリ事故30年
ウクライナ北部=竹内敬二
2016年4月24日03時02分
ウクライナのチェルノブイリ原発で史上最悪の事故が起きてから26日で30年を迎える。
背丈を超える枯れ草をかき分けて進むと、点在する崩れた赤れんがが見えてきた。小学校の校長だったスベトラーナ・カリストラトワさん(68)は「ここだったかな?」と迷いつつも、なんとか元自宅にたどりついた。5年ぶりだった。
原発の西約40キロにあった旧ボロービチ村。マツとシラカバに囲まれた465戸に約1100人が住み、コルホーズ(集団農場)で働くのどかな農村だった。
村の歴史は1986年4月26日に止まった。放射能の汚染で住めなくなった。
記者は15年前も一緒にこの旧村を訪れた。当時はスベトラーナさんの家は形をとどめ道路もわかった。
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写真・図版4月26日で事故から30年を迎えるチェルノブイリ原発4号炉(中央左)。老朽化した「石棺」を覆う新シェルター(同右)の建設が進む。原発から約3キロにあるプリピャチは原発労働者の街だったが、全住民が避難。市街地の集合住宅(手前)は廃虚と化し、森にのみ込まれてゆく=2日、ウクライナ、杉本康弘撮影
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チェルノブイリ原発事故による汚染の分布
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チェルノブイリ原発事故で、故郷のボロービチ村から避難したスベトラーナさんは、かつて住んでいた家の2階が崩れ落ち、居間には木が生い茂った様子を目にして涙した=3月22日、ウクライナ、杉本康弘撮影
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チェルノブイリ原発事故で、故郷のボロービチ村から避難したスベトラーナさん(右)。かつて住んでいた家を息子のボロージャさんと訪れた。2階が崩れ落ち、居間はがれきの山となっていた=3月22日、ウクライナ・旧ボロービチ村、杉本康弘撮影
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避難ゾーンだった場所に住むオクサナ・イナシェフスカヤさん(左)。昨年、汚染度が低く分類されたことで、国からの手当が減ることに反対している。この日も微熱で体調を崩していた次女のオレーシェアさん(左から2人目)と長女のエリザベータさん(右)は甲状腺肥大の診断を受けている。「放射能の影響があるのでは」とオクサナさんは話した=4月6日、ロシア・ブリャンスク州のノボズィプコフ、杉本康弘撮影
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事故から30年になる今も、ベラルーシ南部・ゴメリ州の立ち入り禁止ゾーン付近にあるポレーシェ国立放射線生態学保護区のサビチ村では、事故の後始末が行われていた。廃村の汚染された家や森を、若者らが勝手に入っていたずらをしないよう、ブルドーザーで潰して埋め立てる=3月30日、ホイニキ近郊、杉本康弘撮影
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チェルノブイリ原発事故の影響で農作物を生産できなくなり、閉鎖された小麦加工工場=6日、ロシア・ブリャンスク州のノボズィプコフ、杉本康弘撮影
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4月26日で事故から30年を迎えるチェルノブイリ原発4号炉(