熊野訳で41節の「気づかいとしての現存在の存在」あたりまできた哲学の初心者
ところが日本語が厄介だ
ドイツ語はダメなので英訳を参照したが
英語のentityとbeingが日本語では「存在者」と「存在」となっている
ぼくは最初この日本語の区分がよくのみこめなかった
だけど39節の英語訳を読むとこの区別はきわめて重要であることがよくわかった
色々教えてください
熊野訳で41節の「気づかいとしての現存在の存在」あたりまできた哲学の初心者
ところが日本語が厄介だ
ドイツ語はダメなので英訳を参照したが
英語のentityとbeingが日本語では「存在者」と「存在」となっている
ぼくは最初この日本語の区分がよくのみこめなかった
だけど39節の英語訳を読むとこの区別はきわめて重要であることがよくわかった
色々教えてください