まだ高校生の頃、それなりに仲の良かった友人が死んだ
自分は薄情なタイプで涙を流すこともなかったし、悲しいとすら思わなかった
その友人との関わりが、自分よりも少なかったであろう同級生が泣いているのが不思議で仕方がなかった
数日の後、その友人の葬式があった
恐らくある種の気づかいなのであろうが、同学の人間の葬式への参列は、簡易的で学校主体のものに限定されていた
自分も形だけは悼もうとその場へと参加すると、そこには自分より決して仲が良くなかったであろう大勢があった
高校生の自分には、大した関係性があったとは思えない人間の葬式に参列するいくつかが不思議で仕方がなかった
今なお、大した関係性もないであろう人間の死に、涙を流す理屈も葬式に参列する理由も理解することが出来ないが
今は、「他人」のためにも涙を流せる人間のことを少し羨ましく思う