手塚治虫がなぜ漫画の神様と言われているか、そしてなぜ虫プロに精力傾けてたか知ってれば、なぜチェンアニみたいなあれこれが不評か理解できるはずなんだがな
要するに手塚以降の漫画表現はあまねく映画的手法に基づいていると言っていい
漫画家が監督脚本コンテ全てを一手に担って紙面に展開させていくのが現在の漫画
そして今や日常的に数多くの映画に親しんできた読者もまた、ページを繰りコマを追いキャラの台詞を読みながら各々の脳内スクリーンに擬似的映像作品として漫画を映すことに慣れている
つまり読者が漫画のアニメ化に期待するのはそれ
紙の上の映画(アニメ)を実際の映画(アニメ)として観たいわけ
わくわくしながら追っていた漫画(脳内映画)のストーリーやキャラがありありと映像化され展開していくときの興奮は読者冥利につきる
だから原作を巧みに補完したアニオリは喜ばれるけど、アニスタの自己満アニオリは原作の補完とは見做されず自画自賛的の産物として拒絶される