首相であれ、総理大臣であれ、民主国家である日本に独裁者は存在しないと
いうことを知るべきではないか。
首相は自助、共助、公助と言っているが、そんな謳い文句は首相が言うものでは
ない、首相は公助あるのみであり、如何に国家があるべきか、如何に民主主義を
守るべきか、如何に独裁者に成らないようにすべきかを考え、努力をすることでは
ないのか。
政治家は国民の代表であり、首相は政治家の代表であるならば、全ての
国民の代表者と考えるべきで、政党や地元、個人の利害を超越した理念の
基で、民主主義を守らなければならないとすれば、どのような法が存在しようとも、
その法に携わる人々の意見を尊重すべきではないか。
現首相の独裁的で、広い意味で能力不足が招く、不自然な国家運営は
国民の自由と平等を阻害し、哀れで不愉快な社会を想像することになる。
感染病対策も、医療崩壊という不自然な言葉で、国民の命と財産を奪い、
挙句の果てには莫大な税金を国中にばら撒き、感染病を口実に国民の
自由や想像力を奪おうとしているのではないのか。
無症状で感染力の強い感染病に国民が打ち勝つ為には感染の有無を
自らが確認できる手段が必ず必要であり、それは生きる為の手段であり、
その手段を国家が国民に無償で提供するのは当然ではないか。
首相の役割は感染病の対策を自分自身で決定するのではなく、民主的に
最善な方法を広域に議論のできる場と費用を提供することであり、首相自らが
決定してはならない。それは天皇が総理を任命するのに任命できない理論と
等しい。
政治家や公務員が国民の税金で生きている以上、国民の目は厳しい。