天皇という存在には日本人が好きな教訓が何もない、学ぶことで幸せを
得られるとか、知ることで人生が変わることとか、何でもいいから天皇を
知ることで生きることが重要と思える教訓ではないか。
天皇がなぜ必要なのか、天皇がなぜ存在しなければならないのか。その
疑問に答えられる人は日本中を探しても誰もいないのではないか。
莫大な税金を浪費して、過去の栄光に縋りつく姿は哀れとしか言いようがなく、
その過去の栄光であっても、それは神話や逸話であり、天皇自らが作り出した
ものではなく、悪く言えば作り話程度であり、それは操り人形のようなもので
あるとすれば、天皇の歴史を継続する価値があるのか、天皇自らが考える
時代が来たといえないか。
令和と命名された年号は天皇という存在を最も軽視する名前のように
思える。単に花を見てそのばの雰囲気に喜びを感じる程度の意味であり、
それはあまりにもふざけた年号と言える。
令和時代ということにその時代を生きる活力も意欲も希望も感じられない
その語句には令に見る白けた日々を過ごす上流階級の権力者たちの
不快感しか感じられない。
軍国主義者たちの楽園を表現したのだろうが所詮、暴力が生み出す
権力者たちの宴席を表現したに過ぎない。