日本の国際地位
GDPだけでは測れない
田中明彦 東大名誉教授
内閣府の発表によれば、2023年の日本の名目国内総生産(GDP)は、ドル換算でドイツを下回り世界4位に転落した。実は、円ベースでは過去最高額だったのだが、日本で円安が進む一方で、ドイツがインフレ(物価上昇)に襲われたこともあり、ドルでみるとドイツの後塵を拝した。ただ、ドイツ経済は堅調なわけではなく、実質成長率はマイナスだった。今回の逆転をもって、ドイツ経済の方が日本より好調だとはいえないだろう。
とはいえ、この逆転現象を、日本の国力衰退の一つの象徴とみる向きはある。日本のGDPは長年、米国に次ぐ2位だったのだが、10年に中国に、そして今回、ドイツに抜かれ、来年か再来年にはインドの下になる可能性がある。世界における日本の地位は下がるばかりに見える。
「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と評価された、アジア随一の経済大国の面影はもはやどこにもない。日本は身の丈にあったつつましい存在になるのではないか──。このような見方も出てくる。
しかし、私はこういった日本衰退論は、現在の国際関係の実装を反映していないと思う。
第一に、世界2位の経済大国だった頃の日本に、実はそれほどの国際影響力があったわけではない。確かに、戦後日本の経済成長は世界から驚嘆された。日本の経済力はどこまで伸びるのだろうかという恐怖心すら米国などに与えた。
しかし日米防衛気摩擦では次々と米国に譲歩せざるを得なかった。日本は発足当初から先進7か国(G7)のメンバーではあったが、積極的な提案をする国ではなかった。東アジアや東南アジア諸国に目を転じれば、強い猜疑心をもって警戒されていた。
日本のバブル絶頂期ともいうべき時点で勃発した湾岸戦争(1991年)では、日本は130億ドルもの資金を拠出した。しかし、クウェート政府が戦争終結後、米有力紙に出した感謝広告にその名はなかった。
第二に、国際関係における影響力のあり方は変化し続けている。
19世紀から20世紀前半には、戦争遂行能力をもって、国家をランク付けするのが通例だった。日露戦争に勝利することで、日本は列強(パワーズ)の仲間に入ったと言われた。しかし、第1次、第2次大戦を経て、戦争についての国際社会の認識は抜本的に変化した。国際紛争を解決する手段として武力を行使することは、国際法の重大な違反行為となった。
今や戦争遂行能力の高さがあるからといって、国際社会で影響力を持つことにはならない。
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2024/02/26 読売新聞