昔の人はどんな歯ブラシや歯みがき粉を使っていたのですか。また虫歯の治療はどうしていましたか。
https://mainichi.jp/maisho/articles/20190924/kei/00s/00s/012000c
歯し木ぼくは仏教ぶっきょうとともにインドから中国ちゅうごくに伝つたわりました。中国ちゅうごくにはニームの木きがなく、代かわりに楊柳ようりゅう(ヤナギ)の小こ枝えだが使つかわれました。このため「楊枝ようじ」と呼よばれます。その後ご、日本にっぽんに仏教ぶっきょうが伝つたわり、歯し木ぼくの歯はみがきももたらされます。上流階級じょうりゅうかいきゅうが身みを清きよめる儀式ぎしきとして歯はみがきをしていました。
江戸時代えどじだいになると「房ふさ楊枝ようじ」として商品しょうひん化かされ、庶民しょみんに広ひろまります。房ふさ楊枝ようじは小こ枝えだのはしっこを煮にて、たたいて柔やわらかくし、木きの繊維せんいをほぐしてつくります。
この時代じだいには歯はみがき粉こも広ひろまります。材料ざいりょうは茶ちゃわんなどをつくるのに使つかう粘土ねんどの細こまかい粒つぶで、香かおりを付つけるなどして利用りようしました。江戸時代えどじだい後期こうきには100種類しゅるい以上いじょうの歯はみがき粉こが売うられていたそうです。
また、虫歯むしばの治療法ちりょうほうですが、庶民しょみんはおまじないや神仏しんぶつにすがるしかありませんでした。最後さいごは虫歯むしばが悪化あっかして抜ぬかれる運命うんめいでした。歯はを抜ぬいた後あと、金持かねもちは入いれ歯ばをつくり、庶民しょみんはほったらかしという状態じょうたいでした。
昔むかしの歯はみがきは、身みを清きよめる儀式ぎしきの影響えいきょうが残のこっていて、朝あさ起おきたときにみがく習慣しゅうかんでした。食後しょくごにみがくようになったのは、幕末ばくまつから明治めいじ期きの初はじめのころです。虫歯むしば予防よぼうなどの知識ちしきが西洋せいようから入はいった後あとのことだそうです。