興教大師の当時は、真言宗において、事相の興隆とともに多くの流派が林立し、修法に関して一部で混乱がみられました。こうした実状に悩んだ興教大師は、遍く諸流を学びかつ相承して、真言の法門の「源底」を求め、真言密教の秘奥を究められました。現在でも興教大師は、「大伝法院流」の祖として 崇(あが) められています。
興教大師の教えの本質は、弘法大師の教えの継承・発展にあり、あくまでもその目標は「即身成仏」の実現にありました。しかしそれだけではなく興教大師は、当時興隆しつつあった浄土往生思想を真言密教の枠組みの中に見事に活かし、真言密教の立場からの正しい弥陀信仰のあり方を示されました。
興教大師は、高野山の独立を達成され、教学の振興をはかり、文字通り真言宗団を中興されたのです。