夫はなぜ死んだのか 森友問題公文書改ざん・自殺職員の妻が、高知で語った2時間〈ニュースを歩く特別編〉
人間が壊れていく
2017年2月、森友問題が明るみに出ました。夫は深夜2時、3時の帰宅が続いていました。久しぶりに休みが取れた26日、岡山から遊びに来た私の母と3人で神戸市の梅林公園を訪れていた時、夫の携帯電話が鳴りました。上司で統括の池田靖さんでした。
「統括が朝から休日出勤しとるけど『手が回らん。助けてくれ』と言ってる。行ってくる」。そう言って夫は職場へ向かいました。まるで僕が助けに行くというふうに。後で分かったんですが、あの日、夫は公文書を改ざんさせられたんです。改ざんは3月7日にも行われていました。
「僕は公務員として誇りを持っている」「僕の雇用主は国民なんです」
生前、夫は親しい人にそう語っていたそうです。「改ざんには泣きながら抵抗した」とも聞きました。あんなに明るかったのに、改ざんの後、夫は笑わなくなりました。体調が悪くなるというより、赤木俊夫という人間・人格が徐々に壊れていったんです。
夫はうつ病と診断され、7月から休職しました。「僕は犯罪者や」「内閣が吹っ飛ぶようなことをした」と繰り返していました。幻覚や幻聴も現れました。「本省(財務省)の指示でやったのに、自分でやったことにされる」と検察の捜査を恐れていました。
翌18年3月2日、朝日新聞の報道で改ざん問題に火が付きました。私自身、夫が何に苦しんでいたのか初めて知りました。夕方、私が仕事から帰ると、暗い部屋の中で夫がぽつんと立っていました。テレビ画面には改ざん問題が映し出されていました。「僕がやったんや…」。夫はそうつぶやきました。
「死ぬ」。夜中、夫はロープを持って外へ行こうとしました。「絶対にあかん」。私は足にしがみつきました。
そんなことが毎日続きました。ある日、夫は私に馬乗りになって「おまえがおったら、僕が死ねん。死んでくれないか」。そう言って私の首を絞めてきました。
抵抗はしませんでした。夫は優しいから、ぎゅっと絞めなかったんです。「寝よう。朝が来たら気分も変わるから」。私は必死に話しかけました。夫は一睡もできていなかったと思います。
森友で「殺された」
「ありがとう」。普段はこたつや布団から出てこない夫が、珍しく玄関まで私を見送りに出てくれたのは3月7日の朝でした。
「何言ってるのー」。そのまま仕事へ出掛けたものの、気になって職場から何度も夫にメールを送りました。午後4時を過ぎ、夫からの返信が途切れました。
急いで帰宅しました。ドアを開けると、夫は居間で首をつっていました。中ぶらりんになった夫のベルトをつかみ、体を下から支えました。のどを絞めるコードが少し緩み、空気が入ってゴボゴボと音がしました。
ああっ生きてる、と思いました。でも、はさみでコードを切ると夫は人形のように倒れました。この人は死んでいる。私はすぐ110番しました。森友で「殺された」と思ったから。やがて救急車のサイレンが近づいてきました。
私たちは毎日毎日、「誰かに助けてほしい」と言い続けていました。横たえた夫に私は声を掛けました。「トッちゃん、やっと誰かが助けに来てくれるね、やっと楽になれるね…」
全文はソースで
https://www.kochinews.co.jp/article/detail/458588
高知新聞社