「利益を独り占めしたら終わり」
海外出店も社員の夢のため
利益は独占せず、皆に還元すること――。これは母に教わったことの1つでもある。私が生まれてすぐに父が亡くなったため、芸者をしながら育ててくれた母は、事業で成功した人や没落した人のこともたくさん見ていたのだろう。私が高校3年生のとき、「何をやってもいいけれど、利益を独り占めしたら、そこで終わりだよ」と言っていた。
この母の教えを守っているおかげで、人手不足の時代でも、富士そばではそれほど採用に困っていない。
人に叱られたり、悪態をつかれたりしながら働くのは、誰でも嫌なものだろう。だから、基本的には叱らないし、できるだけ従業員のやる気をそぐような言葉を発しないように心がけている。ただし、そんな私でも、ごくまれに叱ることはある。
何もやらずにぐだぐだ言っている人、怠けているくせにお金だけは欲しいという人、要領だけ良くて楽をしている人。こういう人がいたら、叱ることにしている。幸いにして、富士そばではそのような社員はほとんどいないから、最近は叱ることもなくなった。
仕事で失敗をしても、それを理由に叱ることはない。挑戦してその結果がダメだったのならば、それは仕方がないことだ。一生懸命にやっている人は、失敗から学ぶことができる。そういう人は成長が遅くても、やり方が悪くても、最終的には必ず成功できる。
富士そばは現在、海外に16店舗出店している。海外展開には、あるきっかけがあった。あるとき、店長から「僕は将来、どうなるんでしょうか?」と電話がかかってきた。毎日、立ち食いそばを作って出しているだけで、その先の未来が見えなくて、彼は悩んでいた。
そのとき、私はうまく答えられなかった。そこで考えた。海外に店を出せば、社員が夢を追うことができる。英語が話せる人は、海外で働きたいと思うかもしれない。ならば、儲からなくても、海外に店を出す意味はあるかもしれない。
国内の人口が減少しているから海外に活路を見いだす、という企業もあるだろう。しかし、海外事業はそれほど甘くはない。日本から材料を運ぶ関係で、国内では300円で出すそばも、海外へ持っていくと1000円近くの値段になってしまう。成功するまでにはまだまだ時間はかかるだろうが、社員の福利厚生と考えればそれでもいいと思っている。
(ダイタングループ会長 丹 道夫)
(終)