消費税率が10%に上がる10月を控え、中小・零細企業の経営者は、取引先への納入価格に増税分を上乗せ(転嫁)できないと不安を募らせている。多くの中小・零細企業は下請けで立場が弱く、元請けからの値下げ「圧力」に逆らいにくい。政府は監視を強めてきたが、下請けが増税分を肩代わりするケースが後を絶たない恐れがある。
ものづくりのまち、東京都大田区の町工場。「下請けは元請けと対等に価格交渉できない」。金属部品加工業を営む七十代男性は、値引きされた納入価格の記された注文書を見て、ため息をつく。医療用機器や半導体装置の部品を大手メーカーに納入しているが、消費税導入後、増税のたびに何度も値引きをのまされてきた。納入先の元請けが上がった消費税分を負担したくないからだ。
増税分を納入価格に反映できず、下請けが身銭を切って負担する現状は少なくない。「仕入れ値を一割ほどまけてほしい」。二〇一四年四月に税率が8%に上がったころ、元請けは、中国製の安い部品と価格を比べ、電話で値引きを求めてきた。取引停止をちらつかすこともあったという。男性は、税率が5%に上がった一九九七年四月ごろも値下げを迫られた経験を振り返り「今回も、元請けから値下げ要請がくるかもしれない。そうしたら、増税後も商売を続けられるか分からない」と恐れる。
日本商工会議所が五月に実施した調査によると、税率10%への引き上げの一部または全部を、価格に転嫁できないと答えた中小企業の割合は計32・1%に上った。売り上げ規模が小さいほど転嫁できない傾向が強かったという。
中小企業庁は一三年十月から今年七月末までに、六千四百六十九社を立ち入り調査し、価格転嫁を拒んだとして四千九百四十三社を指導した。そのうち「買いたたき」は四千五百二十四件を占め、担当者は「特に前回の増税前に横行した。今回もしっかりと監視したい」と話す。
だが、墨田区で印刷業を営む八十代男性は「元請けは価格交渉で『消費税』という言葉を使わない」と実情を明かす。価格転嫁の拒否を取り締まる法律はできたが、元請けとは口頭でやりとりすることも多く、証拠づけるのは難しいという。「価格交渉は言った言わないの水掛け論になりがち。訴えたくても訴えられない」と嘆く。実際、千枚当たりの納入価格は、〇九年に五千円台だったが、昨年には三千円台まで下げられてきた。
年収が半分に落ち込んだバブル崩壊後には、資金繰りが厳しくなり、消費税を納めるために銀行から借金もした。最近は円安に伴う原油高などの影響で「紙代やインク代が上昇し、仕入れ時の負担は増えるばかりだ。増税後に納入価格を据え置かれれば、手元にもうけはほとんど残らない」と嘆く。
<消費税の価格転嫁> 企業が製品の販売価格に、消費税を上乗せすること。消費税は企業間の取引でも発生するが、立場の弱い下請け企業は仕入れ価格を抑えたい元請けから値引きを要求され、消費税を上乗せできずに肩代わりするケースも多い。政府は前回増税前の2013年10月、価格転嫁を拒否する業者を取り締まる特別措置法を施行。「消費税転嫁対策室」を設置し、「転嫁Gメン」と呼ばれる調査官を配置して、適切な転嫁が行われているか監視している。
東京新聞:<消費税8%から10%>増税分、中小が肩代わり 「元請けには逆らえない」:経済(TOKYO Web)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/list/201908/CK2019083002000152.html