だが、自分が日本人であるという主張が信憑性を失いはじめると、
金賢姫は「日本人ではない。中国人だ」とも主張し始め、真実を認めようとはしなかった。
内心の動揺とは裏腹に、頑迷な態度を貫いていたのだ。
そんな彼女に、あるとき捜査員がこう言った。
「気晴らしにソウルの町を見学しよう」
連れ出された車の窓から、夜のソウルの街を見た。
繁華街のネオンサイン。道路には車があふれている。露天商が高級時計を売っている……。
北朝鮮では、時計を売れば家族が何ヵ月も生活できた。
金賢姫が見たのは、まさに夢の世界だった。