入門当時の体重は68キロ。17歳で先輩のダンプ松本から「私と悪役やらない?」と誘われ、本名の中野恵子から「ブルドーザー中野」に改名した。
ここから肉体改造を開始。朝からハンバーガーと牛丼大盛り、夜は居酒屋や焼き肉屋で暴飲暴食を繰り返したが「自分の力では92キロまでしか増えなかった」。
男性ホルモン注射を受けて118キロまで増量できたが、副作用でバストが小さくなり、ヒゲとすね毛が。声まで潰れたことで接種を中止したという。
ブル中野は25歳で現役引退を迫られたが米国で現役続行。日本選手で初めてWWF(当時)女子シングル王座獲得と活躍した。
しかし左足靱帯を断裂。“生涯現役”と思いこんでいたプロレスとの別れを余儀なくされ、関係者との連絡を絶ち隠とん生活を送った後、
プロゴルファー転身を決意。プロテストに合格できないまま40歳を迎え、転身を断念している。
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