■取り組むべきは虚偽からの脱却
――だとすれば日本も共通するところがあります。移民は少ないが、非正規労働者として他国での移民労働者のような扱いを受ける人はたくさんいます。いわば一部の国民が戻る祖国のない移民になりつつあるのかもしれません。
「興味深い指摘です。先進国の社会で広がっているのは、不平等、分断という力学。移民がいなくても、教育などの不平等が同じような状況を生み出しうる」
「それに日本の文化には平等について両義的な部分があります。戦後、民主的な時代を経験し、だれもが中流と感じてきた一方、人類学者として見ると、もともと日本の家族制度には不平等と階層化を受け入れる面がある。民主的に働く要素もあれば、大きな不平等を受け入れる可能性もあります」
――簡単に解けない多くの難題が立ちはだかっているようです。何が今できるのでしょうか。
「この段階で取り組まなければならないのは、虚偽からの脱却です。お互いにうそをつく人々、自分が何をしようとしているかについてうそをつく社会。自分を依然として自由、平等、友愛の国という社会。知的な危機です」
「それは本当に起きていることを直視するのを妨げます」
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〈Emmanuel Todd〉 1951年生まれ。家族制度や識字率、出生率に基づき現代の政治や社会を人類学的に分析、ソ連崩壊などを予言してきた。
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■取材を終えて
1968年5月、フランスで起きた大規模な反体制運動では街頭に出て石を投げていた1人。その体験から、「自分の国の国旗を引き裂くことだってできる、すばらしい国」と誇りに思ってきた。そんな「寛容なフランスを私が再び見ることはないでしょう」と失望感も吐露していた。
しかし、歴史家、人類学者としての意欲は旺盛だ。グローバル化で人類は、産業革命よりも重要で新石器時代に匹敵するくらいの転換点を迎えているのかもしれないと話し、本も執筆中だという。どんなに強い反発を浴びても、その社会に容赦のない緻密(ちみつ)な肖像画を突きつけ続ける――。
会うたびに知識人の強さを感じさせてくれる。(論説主幹・大野博人)