■経済的合理性という「信仰」
――欧州でも中東と同じように信仰の衰退と、それにともなう社会の分断という流れが背景にあるのでしょうか。
「そうです。今後30年で地球に何が起きるか予測したければ、近代を切り開いてきた欧米や日本について考えなければ。本物の危機はそこにこそあります。歴史家、人類学者として、まず頭に浮かぶのは信仰システムの崩壊です」
「宗教的信仰だけではない。もっと広い意味で、イデオロギー、あるいは未来への夢も含みます。人々がみんなで信じていて、各人の存在にも意味を与える。そんな展望が社会になくなったのです」
「そのあげく先進国で支配的になったのは経済的合理性。利益率でものを考えるような世界です」
――それが信仰の代わりに?
「信仰としては最後のものでしょう。それ自体すでに反共同体的な信仰ですが。経済は手段の合理性をもたらしても、何がよい生き方かを定義しません」
――そうやって、分断される社会で何が起きるのでしょうか。
「たとえば中間層。フランスでは、経済的失敗に責任がある中間層の能力のなさの代償として、労働者階級が破壊され、移民系の若者を包摂する力をなくしてしまった。世界各地で中間層が苦しみ、解体されていますが、フランスは違う。中間層の代わりに社会の底辺がじわじわと崩れています」
「そこを見ないで、悪魔は外にいることにする。『テロを起こした連中はフランス生まれだけれども、本当のフランス人ではない』『砂漠に野蛮人がいる。脅威だ。だから空爆する』。おそるべき発想。ただそうすれば、仏社会内の危機を考えなくてすみます」
――仏政府は、二つの国籍を持つ者がテロに関与したら仏国籍を?奪(はくだつ)するという提案をしました。確かにこれはフランスが掲げる価値観とぶつかるように見えます。
「二重国籍はフランスを寛容な国にしている制度。仏国民とは民族的な概念ではありません。フランス人であると同時にアルジェリア人や英国人であることはすてきだと考える」
「提案は、教養のある人には、ユダヤ系市民から国籍を奪って迫害したビシー政権を連想させますが、85%の人は支持している。その意味するところがよくわからないのでしょう」
「テロへの対策としてもばかげています。想像してください。自爆テロを考える若者が、国籍?奪を恐れてテロをやめようと思うでしょうか。逆に、国籍?奪の法律などをつくれば、反発からテロを促すでしょう」
「私は『新共和国』という言葉を本で使った。中間層が支配する国という意味です。そこでは、イスラム系に限らず、若者をその経済や社会に包摂できなくなりつつあります」