ふん便が薬に、新治療「ふん便移植」が脚光 9割で症状改善
マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究助手、エリックさん(24)は昼時、便意をもよおした。仕事を中断すると電車とバスを乗り継ぎ、MITから30分ほどの地点にあるトイレに到着。見た目は普通の公衆トイレと変わらない、何の変哲もないトイレだ。違いはただ1つ。ここでのトイレ休憩は、命を救うのである。
エリックさんは収集用のバケツを便器の内側にかけ、用を足した。事が終わると容器にふたをして袋に入れ、隣接する「オープン・バイオーム」に向かう。オープン・バイオームはボストン北西部にある研究室で、特別に健康な人の便を治療薬に転換する方法を開発している。
研究室の技術員はエリックさんの「サンプル」の重さを計測。エリックさんは2カ月半で29回訪問し、約4.8キロの便を排出した。これにより、クロストリジウム・ディフィシルによる大腸炎に苦しむ患者に向け、133本の治療液を生成することができる。この病気には年間50万人の米国人が罹患(りかん)し、1万5000人が死亡している。
選ばれた便は買い取られる。オープン・バイオームは22人のドナーに対し、1サンプルにつき40ドル(約4800円)を支払っている。ドナーは毎日にでも便を提供することを求められており、エリックさんはこれまで約1000ドル(約12万円)を稼いだ。
エリックさんの便にこれほどの値段が付くのは、腸内細菌が理由だ。
人間の腸内には善玉菌と悪玉菌を合わせて100兆超個の腸内細菌が生息。患者が感染症対策として抗生物質を摂取すると、善玉菌が殺される一方で、クロストリジウム・ディフィシルを含む悪玉菌は増殖してしまう場合がある。
そこでエリックさんの腸から得られるような健康な細菌を患者の腸内に注入すると、有害なクロストリジウム・ディフィシル菌を追い払うことができる。「ふん便移植」と呼ばれる治療法で、内視鏡を使い下半身から注入することも、チューブを通じて鼻から投与することも可能だ。
オープン・バイオームのドナーは約5000本の治療液を生み出し、驚くことに90%の患者の容体が快方に向かったという。
研究室では技術員のクリスティーナ・キムさんが、便を治療液に転換する方法を実演してくれた。
まずは便の粘度を点検。傍らには英ブリストルの病院で開発された、便の状態を7段階に分けるチャートがある。チャートで「ナッツ状」「ゴツゴツしている」とされる1~2段階の便は乾燥しすぎており、処理できない。一方、「かゆ状」「水便」とされる6~7段階の便の場合も、ドナーの胃腸が感染症にかかっている恐れがあり使用できない。
完璧なのは「ソーセージのようだが表面にひび割れがある」3段階の便、「ソーセージや蛇のように軟らかくなめらか」な4段階の便、「はっきりとしたシワがあり軟らかで半分固形(排便が容易)」の5段階の便だ。
食事の影響か、この日のエリックさんの便は5段階。ぎりぎり許容範囲の軟らかさだ。キムさんは便を透明なプラスチック袋に入れ、生理食塩水を追加。「ジャンボミックス」と呼ばれる機器の中で2分間、袋をかき混ぜると、便内の繊維が除去され、善玉菌で満ちた液体が残った。
キムさんはピペットを使い、この液体を250ミリのペットボトルに移し替えた。平均的には1回に提供する便でペットボトル4本分になるのだが、この日は7本に。ペットボトル1本が治療液1本の量に相当する。エリックさんの便から作られた治療液133本は、2度目の健康診