原発上空を航空機が飛行することは厳しく制限されている。万に一つも墜落事故が起こったら、取り返しのつかない大惨事になるためだ。だが、例外もある。日本の空を縦横無尽に飛んでいる米軍機だ。新規制基準後の再稼働第一号と目される四国電力(四電)伊方3号機(愛媛県)の上空でも、目撃されている。またも「想定」されていない最悪の事態とは。
「やっぱり飛ばしてたんか」。地元紙「南海日日新聞」元記者の近藤誠さん(66)が絶句した。
先月十九日の衆院経済産業委員会で原子力関連施設の上空を米軍機が飛んでいるケースが二〇〇七年度以降、計七件確認されていたことが発覚。その一つは、今年三月三十日に伊方原発の上空を飛んでいたからだ。
指摘したのは、共産党の塩川鉄也議員。青森県の東北電力東通原発や日本原燃の核燃料再処理施設などから、防衛施設局にあった苦情のうち、六件が米軍機の飛行と確認された。
これとは別に、四電が原子力規制庁に報告した航空機があった。塩川議員が「これも米軍機ではないか」と追及すると、防衛省は「米軍に確認すると海軍所属のP3Cだったとの回答を得た」と答弁し、米軍機であることを認めた。
一九九九年の日米両政府の合意で、在日米軍の航空機は学校や原発などの上空は極力飛ばないことになっている。その約束がほごにされたばかりか、飛行情報が県や地元自治体に知らされることもなかった。
とりわけ愛媛県では、八八年六月二十五日、米海軍の大型ヘリが、伊方2号機からわずか八百メートルのミカン畑に墜落する事故も起きている。山口県の岩国基地から沖縄県の普天間飛行場へ移動中の事故で、乗員七人が全員死亡した。「もし原発に墜落していたら」という恐怖を生々しく思い出す住民も少なくない。当時、取材に当たった近藤さんも「あの時の事故に全く学んでいないのか」と怒りを抑えきれない。
現場に駆けつけようとしたが、米軍と警察に阻まれ、取材もままならなかった。「米軍が去るまで一カ月以上も、ミカン農家も国会議員も立ち入りできなかった。事故原因はおろか、死亡した米兵の名前すら公表されない。訓練の実態は政府さえ把握できていない」と、治外法権ぶりを振り返る。
四電側の対応もにぶく、事故後の会見などで「格納容器のコンクリート壁は厚さ八十センチあり、そう簡単には壊れない」「上空に定期航路はない」と繰り返すのみ。だが、実際には天井部の壁はそれよりずっと薄く脆弱。佐田岬半島沿いには七二年から民間航路もあった。近藤さんは「四電はうそをつき続けた。四電がやった対策はたった一つ。原発の位置を示す夜間ライトをつけただけ。かえって『夜間訓練の目印になるだけじゃないか』と不安視する声もある」と話す。
実際、翌八九年にも愛媛県では米戦闘機が墜落する事故が起こっている。不時着や目撃情報となると枚挙にいとまがない。
というのも、四国上空は岩国基地と普天間飛行場を結ぶ米軍機の飛行ルートに当たり、低空飛行訓練も行われているからだ。徳島県南部から高知県北部を通り、愛媛県今治市付近から瀬戸内海を抜けて岩国基地に向かう訓練空路は「オレンジルート」と呼ばれる。墜落の危険性が指摘される米新型輸送機オスプレイもたびたび目撃されている。
九四年にやはり米軍機が墜落している高知県本山町では、オレンジルートの進入口付近に当たる徳島県海陽町と連携してオスプレイの飛行訓練の実態を調査している。
本山町では、米軍機の低空飛行によるごう音が激しくなった九〇年から記録を続けており、多い年で三百回を超える飛来