ルーツは東京!?
関西や広島において、一銭洋食というものから現在のお好み焼へと発展していったわけだが、
実はこの一銭洋食のそのまたルーツが東京の「どんどん焼き」ではないかという説がある。
明治時代末期~大正時代、東京の駄菓子屋では「もんじゃ焼き」が売り出されていた。
ここから派生して移動式の屋台で売り始められたのが「どんどん焼き」である。
移動式屋台での販売、つまりテイクアウト用なので、もんじゃ焼きよりも小麦粉の割合を多くして
固める必要があった。その結果、現在の混ぜ焼き型お好み焼に近いもとなったようなのだ。
東京ではもんじゃ焼きほど浸透しなかったが、移動式屋台というフットワークの良さによって、
どんどん焼きはむしろ地方都市へと拡散していいく。
それが関西でまた姿を変え、一銭洋食という名で定着したというわけだ。また、関西風お好み焼きは、
一銭洋食よりもむしろこのどんどん焼きに直接的な影響を受けているのではないかとも言われている。
http://news.mynavi.jp/articles/2014/06/07/okonomiyaki/