「なかでも一番いやな夢は、頭の血管の夢ですね。目がさめてからは、相手がだれだったかおぼえてませんが、五六人の男が乱闘していて、僕もまじっているんです。ひどくやられたのか、ひどくつかれたのか、ふうっと僕は気が遠くなると、頭の皮がゆるんで、ぶよぶよ皺だらけになって、皺が大きくつかめるんです。手で皺をつかむと、太い静脈がその皺のなかにあるんですが、だれかがその静脈を両手の指でつまんで、くちゃくちゃ揉むんですよ。ほかの男が、血管だけはよせ、血管だけはよせと、わめいているのが、僕に聞えるんです。ははあ、命にかかわるんだなと、僕は自分で思ってるんです。皮のたるんだ頭の静脈をもまれて、僕は痛くも苦しくもないようですが、なんとも言えずに気持が悪いんです。」
(川端康成「たまゆら」)