個人的な夢や夢占いなど #20

20名無しさん@Next2ch:2014/04/19(土) 17:18:48.53 ID:hgYsRS4z

「貴様は何か運動をはじめるといいんだがな。本を読みすぎるわけでもないのに、万巻の書を読み疲れたような顔をしている」
 と本多はずけずけ言った。
 清顕は黙って微笑していた。なるほど本は読まない。しかし夢は頻繁に見る。その夜毎の夢の夥しさは、万巻の書も敵わぬほどで、いかにも彼は読み疲れたのだ。
 ……昨夜は昨夜で、彼は夢のなかで自分の白木の柩を見た。それが窓のひろい、何もない部屋の只中に据えてある。窓の外は紫紺の暁闇、小鳥の囀りがその闇いっぱいに立ちこめている。一人の若い女が、黒い長い髪を垂らして、うつぶせの姿勢で柩に縋りついていて、細いなよやかな肩で歔欷している。女の顔を見たいと思うけれど、白い憂わしげな富士額のあたりがわずかに見えるだけだ。そしてその白木の柩を、豹の斑紋の飛んだひろい毛皮の、沢山の真珠の縁飾りのあるのが、半ば覆うている。夜あけの最初の不透明な光沢が、その真珠の一列(ひとつら)にこもっている。部屋には香の代りに、熟れ切った果実のような西洋の香水の匂いが漂っている。
 清顕はといえば、中空からそれを見下ろし、柩の中に自分の亡骸が横たわっていることを確信している。確信しているけれど、どうしてもそれを見て、確かめてみたいと思う。しかし彼の存在は朝の蚊のようにはかなげに中空に羽を休めるばかりで、決してその釘附けられた柩の中を窺うことはできない。
 ……そういう焦燥がとめどもなく募るにつれて、目がさめた。そして清顕はひそかにつけている夢日記に、昨夜のその夢を誌した。

(三島由紀夫『春の雪─豊饒の海・第一巻─』)


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