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3人の殺害現場となった家屋は解体された。奥にある木の右隣に藤城康孝被告が使っていたプレハブ小屋が残る=25日午後、加古川市西神吉町大国
一度も反省の言葉を発することなく、死刑が確定する。2004年に起きた兵庫県加古川市の7人刺殺事件で、藤城康孝被告(58)の上告を棄却した25日の最高裁判決。事件から10年9カ月、遺族はむなしさをかみしめ、地域住民らは「思い出したくない」と複雑な心境を打ち明けた。
3人が殺害された藤城とし子さん=当時(80)=方は更地となり、太陽光パネルが所狭しと並ぶ。そばに、藤城被告が使ったプレハブ小屋が今も草木に覆われて残る。
遺族や知人を失った人らは極刑を「当然」と受け止める。遺族の1人は弁護士を通じてコメントを公表。「遺族のどのような言葉も耳に届かず、反省の様子や言葉を口にすることは最後までなかった」と無念の思いを吐露した。
3月に洲本市で男女5人が刺され死亡した事件を知って複雑な気持ちになったとし、「近隣トラブルによる事件が起きないよう地域と行政、警察で事前の措置をしっかり取ってほしい」と訴えた。
殺害された藤城勝則さん=当時(55)=の登山仲間だった男性(74)は事件後、近くの山の頂に遺品を埋めた。「犠牲者を悼むと同時に、ショックがよみがえるので事件のことは誰も口にしない。小さな集落で、犠牲者も被告もみんな顔を知っている」とやりきれない表情を見せた。
藤城被告を幼少期から知る50代男性は 裁判を注視し続け、「判決次第では戻ってくるかもしれないという地域の不安があった。今日まで長かった」と時の流れをかみしめた。
町内会役員の男性(73)は「ようやく元のまちに戻りつつある。これからは地域全体で前を向いていきたい」と語った。
ソース
http://www.kobe-np.co.jp/news/jiken/201505/sp/0008060337.shtml