ごめん、完全見落としてた
横文字が多すぎたか。全然意識してなかったわありがとう
ごめん、完全見落としてた
横文字が多すぎたか。全然意識してなかったわありがとう
私と踊って
真っ白な箱庭のような四角い一軒家が、草原の真ん中にぽつんと佇んでいる。
風に揺れる緑の波は、まるで近付いてはいけない禁忌の場所のように建物を避けて通った。
その流れを箱庭の窓の外から眺める老婆。長年使ってきたのであろう木製のロッキングチェアを、前に後ろにゆっくり揺らしながら、虚ろな目はじっと窓の外を見つめている。
そろそろだろうか、と老婆は思う。
あの頃に比べて大分重くなった腰を起こし、窓を開ける。
ふわっと夏の匂いを孕んだ風は、禁忌の領域を忘れたように、容赦なく侵入する。
老婆は体いっぱいに風を吸い込む。緑の澄んだ匂い。風は食べられてしまう。
不意に、呼び起こされる。あのときの事を。
この場所で起きた、あの物語を。
夏の風は否応なくこの記憶を掘り起こさせる。別に忘れたつもりはないが、鮮明に込み上げてきてしまう。
老婆は机の上にぽつんと置いてある宝石箱のような木製の箱を手に取り、もう一度ロッキングチェアに腰掛ける。
ここから眺める外の風景は好きだ。風は純真無垢な少女となり、草の舞台を踊っているように見える。
草原に目をやったまま、箱を開ける。小さな鐘のような連続音が、老婆の耳を満たす。
オルゴール。曲は、チャイコフスキーのくるみ割り人形より『花のワルツ』。
老婆はこの曲を聴く度に恐怖し、恨み、憧憬に心を焦がしていた。
そしてそっと、目を閉じる。
たちまち世界は黄緑色のさざめきから、真っ暗な深淵に変わる。
深淵を『花のワルツ』が彩る。深い深い真っ黒に彩る。
どうかこのまま、闇の奥の扉に私を閉じ込めてください。
願いながら、引き波のようにゆっくり、意識は遠ざかっていく。
それまで自由に駆け回っていた風が、ぴたりと動きを止める。まるで世界の時間が止まってしまったかのように。
草原に立つ少女は、耳を傾ける。
禁忌の箱庭から、オルゴールの鐘の音がうっすらと漏れている。
近付いてはいけない。だって、時間が止まっているのだから。
でも、聴こえるのよ。ほら、よく耳を澄ませて。踊っているわ。
緑の波は思い出したかのように、流れを再開する。
ひゅう、と老婆の白い髪が揺れた。